VOL155 開発中止は是か否か 発行2002/4/7米国にて

「外資の会社生活はどうですか」と良く聞かれるのだが、何と答えてよい物やら・・・。上司と暫くあったことはないし、互いに認識するのは電子メールのやり取りだけである。先日も期末となり自己成果報告と反省点やらを自己申告し、部下から得た同様の成果報告を受けて内容を吟味したうえで報告をする。私自身の部下とのレビュー時間は、というと既に部下自身が先に米国に出張しているので向こうで時間を取って行うことになるだろう。部下との接点はお客様の支援を通じての指導という事になる。最近自宅からも十分作業が出来るようになった事もありADSLを引いた仲間も併せて横浜線沿線にサテライトオフィスをという話も出てはいるのだが、都心在住の人間もいるので足並みは揃わない。

Quad社での仕事の柱であるチップセットの為の基本ソフトとオプションソフトの開発提供である。基本ソフトのリリースをすると合わせたオプションソフトと統合をした版のリリースが少し遅れて為される。開発途上向けの評価リリースと製品向けリリース自体は予め日程を決めている。テスト期間をテストチームとの打ち合わせで所用テストサイクルを含めてテストチームにまずリリースが行われてテスト結果と併せてドキュメント整備がなされてお客様に配布するという手順である。当初決めた以降にもパッチとしてリリースが行われるの出が、これらのベースになるのは日常の自分たちのテストでありユーザーからの問い合わせなどから見いだされる機能改善などである。

お客様とのサポートのやり取りで発見される問題点はアプリケーションとしての使い方から見えてくるAPI間のインタフェースであったりすることもあり想定していたテスト項目では網羅出来ていない事もある。既にテストチームに引き継がれた状況下では緊急に盛り込むというフェーズが無いのはプロセスの回し方として決めているからに他ならない。ソースコードへの訂正反映ということはバージョン管理も含めてタイムリーに為される為に個別のお客様には個別パッチリリースとしてファイルや修正箇所がメールで送付される。まあ色々なお客様の内情が見え隠れするのがこうした時にある。

しかし日本の機能リッチな携帯電話を仕上げていく上でプラットホームとしての修正が入るとメーカーにとっては上へ下への大騒ぎとなるようだ。問題提起をした、そのメーカーには個別修正情報が既にメールで送られている。昨今の差分機能などが優れたエディタを使えば、修正の挿入や管理なども含めて容易に出来ると思うのだが、そうした作業の精度についての責任を嫌う風潮が生まれているようだ。昨年の回収劇などが影を落としているメーカーだからかも知れない。そのメーカーの技術トップからは「正式な修正リリースをしてください、そうでないとキャリア向け製品への修正適用スケジュールが組めません。」と、こんなやり取りがあった。

弊社のマルチメディア機能をまとめるリーダーとやり取りをすると「懸案事項がまだあるので修正が全部は用意出来ていないので、それが判明すれば二日程度で正式リリースが出来るだろう」という状況が判明した。この事をお客様に伝えるとそれでは回答になっていないと言うことになる。懸案事項となっているのは仕様を拡大解釈したお客様が思ったように動かないという問い合わせだった。電話やメールで担当者とコミュニケーションをとる事で解決をみた。懸案事項が無くなると自動的にリリース要請に基づいて週末にはリリースが成されて翌週始めにはメーカーにCDROMとして届けられていた。これで解決を順調にみた筈だった。

技術トップと現場技術者の乖離という話は、日本メーカーに限ったことなのかどうかは不明だが日本人技術者の気風としてはトップの指示待ちするでもなく納期に間に合わせるために作業を自発的に進めていくという気質があるようだ。先のお客様からの強い要請に基づいてリリースされた修正版であったが、そのお客様の現場からは別の要請が届いた。「既に一つ前の版でシステムテストをしています。今回の版をちょっと入れてみましたが不具合が出ました。戴いた物を修正を吟味して入れ込む時間が無いので、この一つ前の版に弊社で依頼した修正のみを加えた物を出してください。時間がありませんので宜しくお願いします。」・・・。絶句である。お客様の中での論理が破綻しているので本社のリーダーにとっては理解の範囲外である。それだったら自分で出来るだろうし、そうした作業をしたくないという方針はどこへいったのか・・・。このメーカーでは現場が確信犯なのかあるいは、トップが何も知らないからなのかは判らない。一機種の開発に100億円以上かかりますからという内情を聞くと大きな慣性モーメントで動いている様子が伺い知れる。

世の中にはない新規通信システムの方式や基地局と端末開発を一切合切委託をするという景気の良い通信キャリアがある。数十億円の開発費用を捻出してくれるという事が、昨今の状況では、この上なく恵まれた状況なのかもしれない。W-CDMAの開発に集中投資しているとみえる世の中の状況において、他の新方式を開発しているという余力のある姿は流石だと感心する。次世代携帯に向けてOFDMなどを追求していく事もビジネスとは別に進めていくべきではあろうが、現在のビジネスを支えるコスト力の追求と併せて行っていくことこそ必要であろう。開発していくテーマの意義を良く考えてビジネスとしての勝者を考え撤退する勇気も必要であろう。

通信キャリアからの開発費用やらメーカーや許認可を得た総務省との政治的な繋がりなどが、ビジネス上あって撤退できないという意見もあるだろう。開発を終えて実用化するまでに至る目処も含めて、自身の中に確たる物があればそれも結構な事だ。携帯バブルを見越せなかったという経営トップがいる。他方、現場技術者では感じとり起こるべくして起きたという意見もあるようだ。各現場レベルの方々が起業家精神を発揮したCEOとしての見識を持っていれば舵取りを変えられたのかもしれない。意見具申をしても舵取りをしない上司や会社の流れを見限って移っていく技術者こそ流出させてはならない技術者のはずだ。どこかの会社の人事研修で聞かされた記憶のあるフレーズだが・・・。

開発費用という経営上は将来投資として位置づけられていた費用も、現在のビジネス状況下では絞り込まれているようだ。そんな時に鉱脈を見つけたような外部機関からの投資申入や開発費用の提示があればホイホイと乗ってしまいがちなのかもしれない。そんな費用こそ余計に、責任が重くのし掛かってくると考えるべきであり、クライアントの耳心地の良い甘言を弄して自分としては納得の行かない開発をスタートさせていくべきではない。バブル絶頂期の都市博覧会の中止の跡地は、ある意味でそうした事を反省を促すモニュメントであると思っているのだが。相も変わらず続く経済復興へという各種展示会などの中でこそ有効に使えるような仕組みを考えていくべきだろう。

メーカーとしての意識や技術経験を持って今の現状に立脚してみると、いくらでも失地回復のチャンスや方法はあるのだ。しかし、それを遮っているのは今までの仕組みを変えようとしない自分たちにあるのだとは感じていないのだろうか。期待される自分という鏡をおいて参照してみた時に、そうしたことを同様に部下からも見られているべきと理解すべきである。戦後の日本の中で構築してきた復興メカニズムが代替わりする中で仕組みとして醸成ではなくて腐乱しているのは政治の舞台だけではない。政治の裏で動く経済の仕組みが互いに馴れ合って助長しているのだと感じる。

誰か、不要な開発を止めて、真の意義ある開発に向かってナビゲートする気骨ある技術者やリーダーは居ないのだろうか。開発現場では、開発効率が大事といって鈍重なコードを大事に抱えている。個々のアプリケーションが抱える無駄窮まりないライブラリの重複など含めてスッキリとした開発スタイルとしてアプリケーション同志の連携なども考慮した構造に移行すべきだ。もう通信プロトコルの開発費用が重いのではない。端末として仕上げる仕様同志のスパゲッティに絡まっている人達が多すぎるのだ。主客転倒した開発のバランスを立て直すためには一度破綻した方が良いのだという辛口の意見をいう人もいる。

では、立て直すための建設的な意見はあるのか、といえば幾つかのプランがある。ソリューションをチップやソフトで売るメーカーだからだが・・・。とりわけ目立った物ではないが公平にみてまともな感性のプランがある。日本という特殊事情の中にいると国際的な状況下での背景とマッチしない事情がある。当然、Quad社のチップが100%マッチするわけでもない。特殊仕様の無線端末という分野に対しての回答はCDMA2000あるいはGSMあるいはCDMA-1X-EV/DO、W-CDMAという事になる。あるいはこれらのコンビネーションでカバーしていくというのがインフラあるいは方式としての解であり、これらにアプリケーションとしてgps機能やIPベースのグループ通話機能などといった物が挙げられる。アプリケーションの観点から各種の通信仕様をカバーするためにプラットホームのAPI整備を行なう時代に入った。GSMとWCDMAは当たり前にしてもGSMとPDCをやるメーカーが出てきても良いと思うのだが・・・。

自社でIP交換機などの開発を持っているのであればボイスオーバーIPでボイスメッセージが内線から行えるようにもなるだろう。ボイスメールOverIPは最も簡単で有効な活用方法になるだろう。電子メールでの応用も当然だ。最近ネット接続型の監視カメラが評判である。常時接続の環境では、WWWサーバーを内蔵した小気味の良いこの監視カメラを開発している人たちの心意気が評価される時代でもある。Quad社も負けては居ない、すっピンのベアボーンキットのような電話機であってもQuad社で開発したプラットホームは、アプリケーション開発を正に容易にしてくれる。現在の携帯アプリケーションを捨てて書き直すことも、あるいは受け入れることも出来るが実際は書き直すことで想像以上の開発コストダウンと品質向上が得られるだろう。今のままではWindowsパソコンでN88Basicを動かして既存のソフトを動かしているようなものである。

アプリケーション連携という観点で動作しないゲームアプリケーションがあったとしてもイベント配送管理とアプリケーション管理の仕組みから着信メールや位置情報問い合わせなどのハンドリングが対応するアプリケーションに送られて現状のアプリケーションの中断・アプリケーション切り替えが行われる。複数の通信プロトコルや方式をカバーしていく時代の要請もありアプリケーションと通信方式でのイベントのマッピングはよりダイナミックな物が必要なのである。全てW-CDMAに切り替わるなどという事を信じている人は居ないと思うが・・・。

既に欧州においては、W-CDMAに行かない通信キャリアがある。正確には3Gバンドのライセンスを持っていないからだ。800MHzのままでもっとサービスが変えられればというのが彼らの思いでもある。GSM交換機ネットワークを変えずにサービスが拡がらないだろうかという要求に応える用意も出来ている。調和という事を重んじれば、こうしたニーズをCDMA-1XとGSMネットを接続する交換機自体が開発完了しているのだ。ESMRを運用しているNEXTEL社がCDMA1Xへの移行決めたこともそうした交換機側の誕生を助長させたのである。実はESMRの交換網はGSMベースなのである。この調和を重んじたプロジェクトは、日本メーカーの考えの調和を乱したインパクトは大きいようだ。

お客様の持っている資産に併せて提供していける回答を多種多様に提案できるのかどうか。又、その答えとして開発投資も含めて十分な評価を行なったものを確実に低価格なソリューションとして展開出来るのかどうか。こうしたビジネスの視点を忘れて自己本位な、開発を進めていくのは確信犯 の技術者のエゴイズムだろう。W-CDMAのチップ開発からサービスベースの第三次産業に移行しようとしているチップメーカーなどの動きをみていると、彼らは夢から覚めて現実を直視しているように見える。さて、通信機メーカーが物理的な開発をし続けるべきという第二次産業的な視点から第三次産業的な視点に移っていけるのかどうかが鍵なのだろう。

第二次産業として捉えている製品開発というテーマそのものが、既に無線機の開発というものからは大きく逸脱しているという正しい認識を持つことが出来れば落ち着いた曇り無き瞳で見ることが出来るのだろうが。一機種の開発に50人足らずのソフト開発体制で苦しいんですというメーカーも堂々と次々と開発が出来ていくようにアプリケーションが流通していく時代に入ろうとしている。こうした動きを疎外しているのは実は日本メーカーの技術者の狭量ゆえだろうか。誰もが日本のメーカーや通信キャリアの仕様による端末モノ作りに喝采を送っている訳ではない。そうした一端を垣間見る立場にいる自分は辛いものがある。以前勤めていた日本企業で学んだ企業哲学からは何一つ外れていないと、外資の会社で暮らしつつ感じるのが不思議である。

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