業界独り言 VOL307 ワンチップ大関

世の中のメーカーには嫌われるQuad社でのアプリケーションエンジニアという説明の難しい仕事をしている。パテントとテクノロジーのバランスを取りながら経済を回していくというQuad社独自のビジネスモデルは裏返せば第三世代携帯という流れの底流であり、奔流でもあるのだろう。この流れに抗うように、欧州や国内のメーカーがGSMに拘ってきたのにはGSMとして構築してきたビジネスモデルを崩したくないというのが本音なのだろう。GPRSやEDGEという形で少しでもGSM陣営のままでビジネスを運営したいというのはライセンス優位性などを欧州に位置づけてきたGSM戦略のしたたかな理由だからでもある。3Gの本格的な胎動に期待しているのは、誰あろうQuad社自身であることは、ライセンスビジネスからも明白である。3Gの普及によりデータ通信速度の水道哲学が達成できるほどの効率よいシステムが構築出来るのかという期待も含めて自身に課しているというところでもある。

まともにメールもままならないようなGPRS環境でなく安定なデータ通信環境に移行する目的でも3Gに期待するのは、サポート渦中のアプリケーションエンジニアならではのことなのだろうか。六年前の自分を思い起こして見れば64kbpsのPHSカードを適用していた。そうしたカードをフルに稼動しながら、1XやUMTSのサポートをしてきた。都内中をタクシーや借り上げたレンタカーによる試験車に乗り込みテストエンジニアと運転手との通訳支援をしつつ、実際の自分の通常の支援作業であるところの問い合わせ応対やらソースコードの解析などを移動する車両から行っていたりもした。そうした結果としてUMTSの赤い通信カードが開発完了してPHSからの卒業を迎えることが出来た。いまや新幹線での移動も含めて開発サポートのインフラとしてはUMTSカードは必需品であるといえる、とはいえ仲間たちの中では1Xチームの1xEVDOカードの方がメジャーでもある。たまたまUMTS開発を支援をしてきた故の状況はレアーこの上ないということなのかもしれない。

PHSからUMTSに変わったからといってスムーズにどこでも通信できるわけでもない。ある意味で真のUMTSといえる通信キャリアのネットワークゆえに根幹のネットワークの問題もあるし、三つの異なるインフラベンダーでの仕様相違なども複雑に絡まっている。リライアブルなネットワーク構築に関してはモバイル故に完璧とはいかないので、移動先からの運用方法の一つにはVNCやらリモートデスクトップやらが必要となる。ビルドやJavaベースのデスクトップをネットワーク利用していく上では回線が確保されている端末からのアクセスをするしかないというのも実情である。手元で行うのはメール操作やファイル編集といった類となる。とはいえ振動する状況で思考をしつつ、問い合わせに対して電話をかけたり、メールで回答をしていくというのは修行僧のような感覚になってきてしまう。場所を選ばずどこでも仕事をしているという状況の中でも最悪の環境は、ある意味で終焉を迎えたといえる。こうしたプロジェクトを通して国内各地区でのテスト走行の結果はプロトコルスタックに蓄積反映されたからでもある。

そうして出来上がった赤い通信カードやビデオ電話が出来る端末が徐々に深化を遂げて、ようやくQuad社が提唱するワンチップで国内最大手キャリアのネットワークに繋がる普通の端末が登場することになった。我々にしてみれば、既に同様の構成でメジャーではない欧州キャリアにリリースしてきた実績もあったのではあるけれど国内最大手キャリアの端末として仕様に合致するものが出来上がったという点についていえば大きな成果だといえる。国内のメーカーが先を競ってリソース投入をしてチップ開発やソフトウェア開発をしてきた成果が高機能OSと呼ばれるプラットホーム戦略だといわれてきた。複数のチップセットを高度な工法により小さな端末に凝縮して達成した最高機種シリーズが市場に投入されてきたのである。PDCの時代で栄華を極めてきた端末開発の時代にはブラウザやJavaなどを機軸にしてストーリー立てた戦略が功を奏してきたという実績が、3Gの流れの中でプロトコルの重みとアプリケーションの肥大の中で消化不良となっている実情になってきていた。

そんな状況に、軽快に動作する端末としてワンチップ大関なる端末が登場してきたのは業界に激震となったようだ。マルチチップを否定された2000年の経験に基づき真摯にアプリケーションの効率的実装と軽快なプロトコルスタックの共存を目指してきた五年間の成果がUMTSハンドセットとして国内最大手の端末に結実した。無駄な動作はさせないというシンプルな思想に裏打ちされたアプリケーション実行環境はある意味でOSとしての位置づけでもあるし、そこそこの擬似マルチタスク動作の実現も出来ている。そんな状況を事実として見せてくれる端末が今回の迷える羊たちに向けたワンチップ大関なのである。ARM7でとことんまで追求したプロトコルスタックが今、ARM9ベースとしてワンチップ大関としてアプリケーションもカバー出来る端末プラットホームになったのはQuad社の真摯な開発成果であると思うし会社姿勢そのものでもある。地道にプラットホームの検討をシンプルイズベストとして追及してきたアクティビティはもともと国内メーカーにもあったものであった筈なのだが・・・。

かつて携帯電話を席巻した国内メーカーが追及したのは低消費電力技術であり、通信キャリアからの指導よりも自身が信ずる道を追及した結果、専用マイコンではなくて既存マイコンを搭載してトータルなシステムを効率よく実現したことの再来ともいえる。マイコン性能に制限がある中で最良の最終性能を出そうという掛け声で少しでも低い動作クロックで動作させようということをコンパイラ性能の追及なども含めて苦労を重ねてきた経験があったはずである。しかし、2Gから3Gに移行する過程でそうした風土を失ってしまい最終的な端末機能イメージを描くこともなく個々の機能実現のみの責任をはたすことを主眼に置くようになってしまったらしい。最近多くのメーカーのエンジニアからシンプルなQuad社のアプリケーション実行環境について問い合わせというよりもレクチャーを求められるようになった。LinuxやSymbianなどの高機能OSを搭載している複雑なアプリケーション連携などの実現をその上に達成してきたことの難しさの本質や目標について正しく理解しているとはいえないように感じる人ばかりだ。

OSが貧弱だから端末開発がスムーズに行かないのだという通信キャリアからの横槍に対して、端末メーカーが抗することもなく、そうした道にはまっていったのは日本の特殊事情からだろうか。PDAのような端末が登場していた状況に向けて携帯電話からのアプローチを高機能OSに向かわせてしまったのは通信キャリアやOSベンダー、アプリチップベンダーの策略だったかもしれない。そうした延長線として今や国内最大手のキャリアが大枚をはたいてチップ開発に投資を行っている実情の最前線で、破綻しつつある状況について誰も冷静に苦言を呈する人もいない。必要な性能を簡単に実現するということを整理していくことを真摯に追及するということではなく、最高性能を贅沢に着実に達成するためにハード開発を続けてきた結果をシュリンクしてコストダウンしようというアプローチには大きな開きがある。端末メーカーは、今や自立して端末開発する力もなく開発費用を通信キャリアから受け入れざるを得ない状況ゆえに逆らえるはずもないのである。

国内の携帯電話の事業が破綻しかけている事情についての腐敗臭を嗅ぎ取っているエンジニアがいたとしても自分自身が、そうした組織の中で同化してしまっているために出ることも出来ない。霞を食べて生きていけるような大メーカーというものの存在にも影がさしてきていて、そうした本来ならば大切にしなければいけない研究者自体を組織として切り捨てる動きになったのはいたし方ないことである。みな、確信犯であり分かっていたのに手を打てずに起死回生のホームランといった妄想にすがっていたような節がある。迷える羊たちに向けたワンチップ大関の多くは綺麗に分解されてチップはスライスされて樹脂は溶かされてシリコンの解析を行いアーキテクチャの再確認をしている内心不安になっている良心を抱えた技術者たちが会社の枠を超えてコンタクトを求めてきている。このままでは、いけないという事態認識を持ちつつも、会社としての開発方針や通信キャリアに対してのメーカーとしての意見を具申するということには繋がっていないのが現実でもある。

最高機種の戦いを続けていくことだけに腐心して本来の開発投資を回収する端末のビジネスを失するという非常事態シナリオについて考えていないのだろうか。開発方針が転々としている端末メーカーでは、もうエンジニアが麻痺をしてしまっていてまともな感性として物事を捉えることが出来なくなっているとも聞く。そんな会社で使い物になるエンジニアといえば、世の中がメーカーを超えてグループ化して開発効率化を目指そうという通信キャリアの旗振りの結果として割をくって閑職として霞を食べているエンジニアくらいなのかも知れない。真摯に技術開発に追及してきたエンジニアこそ割りを食っているという状況の中で元気をなくしているのだ、そうした技術者としての想いなどを家族と共有して生きがいを見つけるべきだろう。技術追及に貪欲なエンジニアが活躍できる場所は、こんな状況の中ではもうQuad社くらいしか考えられないのだが、国際化競争の中で日本の技術者にありがちな殻に閉じこもった性格がそれを阻害しているのだろう。

ワンチップ大関を一気に飲み干し、もっと飲み心地を良くしたいとか考える大きな気持ちのエンジニアがきっと何処かにいるはずだと信じている。おかしなサイクルに陥っている携帯開発現場の中で、非プロ集団のみを結集してQuad社のプラットホームを使って物づくりをしようという安直な考えのメーカーもある。そんなメーカーに限って自分自身で問題の本質を理解しようとせずにおんぶに抱っこでQuad社のプラットホームを下請けのように考えてかえって損をしているケースもある。私たちアプリケーションエンジニアの仕事は、そんなメーカーの技術者のしもべではなくソリューション提供者として公平に他の世界のメーカーと同様なレベルのサポートに徹して各メーカーの方々のレベルアップを教育指導していくような側面が強くなってきている。成長して円熟の段階に達したエンジニアが管理ではなくて経験を活かして最先端の技術の中でまい進していける現場について、最近ようやく理解してもらえる人たちを見つけ始めることができた。

以前は前の会社での仲間に声を掛けてきたのだが、いろいろな精神状態の中で殻を脱することが出来ないことを懐柔していくよりも、対等な立場としてお客様と支援技術者という立場を通じて理解し会えたお客さまが崩壊していく会社の状況の中で自身の未来を描くためにステップアップとして目指されることが増えてきた。といってもQuad社での要求レベルは高く、そんな要請に応じられるような人しか目利きをしたうえで私自身は声をかけてもいるのだ。Quad社からのオファーが出た方などは、ある意味でライセンス取得済みという状況であり、個人的な状況の変化でいつでもジョイントできるような人とも言える。しかし、残念ながらそんな状況にいる人は稀であるのだが、自分自身の価値を正しく認識しないままに現状の殻に閉じこもってしまっている人もいる。いつか彼がそうした状況にも賞味期限があるということを認識して踏み出してくれるものと私は待ち続けているのだが、彼の賞味期限が切れるまえに気づいてもらいたいと思っている。

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