業界独り言 VOL255 懊悩するエンジニア

忙しさが、一段落して次の段階を模索している。新規開発のお客様の登場への対応や、新機能の実現への戦略など肉体活動とは裏腹に頭脳活動が忙しくなっている。商品化最終段階を迎えるお客様との開発作業には、精神修養の場とも思えるような精神活動も必要であり肉体活動も厳しい状況を迎えてきた。そんな状況をクリアしてからの現在では、次の段階として過ちを繰り返さないためのソフィスティケートされた取り組みへの切り替えなどの戦略が求められる時期でもある。自身の解析能力の蓄積以外にも、人間分析などの素養が求められる求人採用活動などもスケジュールを埋めている昨今である。平日の出張はないものの、会社帰りの夕食がビジネスミールとなってしまう傾向にある。

そんな中で米国在の知己が国内に来ているので夕食を一緒にどうかというVPからのメールが、今まさに自宅に帰るコールをしたときに入った。内容を確認の上、自宅にキャンセルコールを入れて待ち合わせ場所に向けて、帰宅ルートを変更した。地下鉄の方向は逆になるもののどちらに乗っても自宅への帰宅方向に影響はなかった。渋谷駅の上に作られた新しいホテルのロビーでVPや知己と合流して高層階のレストランに向かった。プリフィクスディナーを取りつつ、再会を祝いつつ近況のアップデートをしていった。知己のやってきた仕事はある意味で私の乗らなかった前の会社の仕事でもあり、ある意味で別の歴史の流れを見ているような気持ちも入り混じっていた。私の予測が正しかったかどうかは不明だが、出来た成果に満足している知己の姿は、すがすがしく思えた。

新たな米国でのビジネスに向けて取り組もうとしている、知己は自己の確立した米国の仲間達とのビジネス確保という責任とともに、日本の会社を通じての貢献という目的に則った落とし所を考えているらしい。部長クラスの彼に寄せられる期待は、そのまま会社活動の戦略そのものでもあり、彼が元気に仕事が出来ないような会社では、続く部下達が未来が描けるはずもない。彼を支えている現場のエンジニア達と、彼が考えるお客様への将来の貢献とのマッチングを図っていくためにも彼の感性に会社が期待しているのだろう。彼との会食が、お互いの感性の爪とぎといった目的として意見交換をしているのが、会社のビジネスミールにしている理由でもある。相互に悩むテーマがあり、何か新しいきっかけやアイデア探しをGive&Takeで考えているのである。

会社としての仕事の範囲や方向を思い込みで狭めていたりはしないだろうか。特定の通信キャリア向けの仕事に打ち込むという一途さをもって会社としての誠実さだと思っているのかもしれない。しかし閉塞された政治的な状況の中でブルーな気分で企画を悩んでいても仕方がないのだとおもう。ビジネスチャンスとして捉える範囲を自らの会社の技術蓄積に基づいて方向是正していくのならば、なにも悩むことは無いのだろうと思うのだ。端末の開発などの効率を如何に改善していくのかという命題を実際のビジネス展開の中で最近は考えていくようにしている。難しい条件のお客様であればあるほど考えることは楽しいものである。色々なアイデアを提案していくうちにお客様自身も悩んでいたことから開放されて頑なな考えから一歩踏み出したりもしてくれたりするのである。

複雑化してきたデジタル化ネットワークの中で、どの通信キャリアのシステムもブロードバンドを目指して変わろうとしているのだが相互接続の壁は中々埋まっていないようである。お互いにネットワークとして存している限りにおいては、このネットワーク相互接続という命題を考えていくには積極的な理由が無い限りは進まないものである。ユーザーの視点から解決を図っていこうとした場合には、むしろネットワークよりは端末からの視点のほうが自由な発想に立てるものであるとおもう。最近マルチモードに対応したチップセットを開発提供しはじめてからは相互連携するような機能をユーザーに高次元から使わことが出来るような設計に変化してきている。なにせ相容れない競争しているキャリア同士の方式の双方に対応したり、あるいは電話とLANの世界の接続のような話が日常となりつつあるのだ。

WCDMAの第三世代目のチップとソフトのトレーニングを行うことになったのは、なんだか意義深いような気がしている。予期したように、もうプロトコルの解説などの項目はなくなっている。開発の中心はアプリケーションの実装に軸足が完全に移行しているのである。アプリケーション開発の仕事がお客様の開発費用の七割くらいになっているのではないだろうか、残った三割でハードや接続試験やプロトコル確認といった範疇になっているのである。無論、自社開発している方の具体的な数値は無いのであくまでも現在知りうるお客様の概観としてだが・・・。三年前頃にやっていたアプリケーションのためのプロセッサ開発自体は、お客様のアンタッチャブルなドメインを侵犯してしまったらしく折角の技術開発成果も利用されることはなかったが、しかし暖めてきた、こうした技術が花開く状況まで続けていたのである。

デュアルチップで提供しようとした段階でお客様から否定された理由づけの項目に悉く現在ではお客様自身が陥っているのである。やはりモデムプロセッサの上でアプリケーションとモデム機能の両立を果すべきというのがお客様から学んだ我々のテーマだった。このテーマに取り組んでこれたことはチップメーカーとしての次を考えて必要なことであった。チップセットの設計ルールの細密化により高機能化とともに果すべき内容をお客様の一般化した形での機能を出来るだけ安価にカバーしようというのがポリシーなので、必ずしも日本のお客様のハイエンドなニーズにマッチしないこともある。モデムチップセットビジネスの大変さは、3Gの混沌とした規格のなかで旅立ってしまった通信キャリア達のある意味で標準化の中からのローカライズ妥協の産物でもあるオプション選択の豊富さと様々な解釈を許してしまう仕組みにともなう相互試験コストでもある。

日本のメーカーがチップセット開発を続けていけない理由は、ビジネスとして離陸しない中でのこうした開発費用を端末利益から補填できないからでもあった。加えて通信キャリアが要求する無体なアプリケーション開発の要請が、ますます日本での突出した開発規模の増大につながり破綻が連鎖反応しはじめたようである。なぜか開発を続けてきたCDMA陣営のリーダーという会社のなかでのWCDMA開発という色物扱いだったテーマが脚光を浴びるようになったのは不思議なものである。同根の技術を完成させていくうえで我々自身が学んだものは標準という中での複数のオプションや実装の違いという現実の真摯に向き合ってきた集大成からだともいえる。なぜか私が第一世代のWCDMAチップから支援を続けてきたことは、知己の言葉によればマンガのようだとも言われてきた。自己否定の中からの仕事を通じて現実に辛口に向き合えているのかもしれない。

WCDMAやGPRSの開発といったテーマから今回のトレーニングではカメラ附きケータイの作り方やテレビ電話といった話題にすっかり移行してしまった。しかし、まだ私が昔の小冊子で思い描いていたようなアバタ−を使ったUIを作ろうといった夢のあるテーマにまではお客様は向いてはいないようである。折角のGameマシン相当の三次元描画やサウンド機能があるのに画一的な押しボタン型のUIをグラフィックスで実装してもつまらないと思うのだが、そうしたUIにも1000人月を越すような開発費用のつけが残っているかららしい。考えてみるとバブルの時の残債を抱えている人たちがマンションを処分できないのに似ている。不良債権と認識されて国から処理費用が補填されたりもしているようだが次に繋がる開発なのかどうかを企画を立てる人がナビゲートすべきテーマであるはずだ。ちなみに我が家の新築には中古マンションや中古一戸建てを住み替えてきた歴史が結果オーライとなってきたのは単なる幸運なのだろうか。

引っ越して四ヶ月が経過した、住み慣れる暇もなく出張ばかりが続き最近になりようやく自宅からの通勤が続くようになってきた。見ていると町の風景も変わっているようで、商店街にあったパチンコ屋が四半世紀の営業をやめたという看板が出ていた。寂れつつある駅前商店街なのであるが時代の波に乗れない経過なのかも知れない。かつてははやっていたという商店街だったらしいのだが、さらなる発展を目指して昼間込み合う交通量規制を警察に申請して三時から六時までの時間を車通行を規制することにしたのだが、これがきっかけとなって「不便な商店街」の烙印がおされてしまい廃れていってしまったのだという。廃れたことの証明は、通り沿いの商店の活気のなさからも頷ける。内科医ではないものの症状分析が不十分なまま外科手術あるいは強い薬を打ってしまうことの怖さがそこにはある。

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