VOL159 GWに日本への旅行?

虫取り網を抱えて、野に山に蝶を追いかけるという絶好のシーズンである。やがて来る梅雨には紫陽花の上のカタツムリや、軒先の遠足バスの心配をてるてるぼーずとお話をする子供達。そんな健康的な生活を想像してみても、最近の実態はかけ離れてきているのだろうか。プレイステーションのゲームやベイブレードに興じる子供たちと虫取りをしに行くには自然が無くなり過ぎているかも知れない。また、そうしたことを付き合ってあげるだけの余裕が親達には無く、兄弟達のいない世代の子供たちがいったい何をしているのか考えると不安になる。実兄は、虫取り少年がそのまま大人になったような人であり、実際に世界中の採り子たちを衛星携帯電話を使って指示するフィクサーなのである(?)。そうした昆虫の収集をして標本にして生業としている。しかし採り子の人たちは、蝶や虫をとっても買ってくれるなどとは信じていないらしい。薬になるのだといって信用させているようだ。

実兄の通ったあとにはモンシロチョウも飛ばないという逸話があるそうだ。実兄はハイテクには疎いものの、ローテクであるガリ版の時代からタイプオフセットとなった現在までもミニコミ週刊誌を発行しつづけている。昆虫中年という世代になるのかもしれない。20年以上も書きつづけているミニコミ誌は、一般の雑誌でも追いつかない領域の偉業といえるのかもしれない。では弟は何をしているのかという気が付けば週間MLと化している組み込み業界で書き物を綴っていて、やはり兄弟とは似たようなものなのかもしれない。また追いかけているのは虫ではなくてバグである。Quad社の世界でも優秀な開発技術者たちが書き起こしたコードの虫を提供したお客様のシステムビルドアップの支援を通じて追いかけているのである。無論、お客様側の虫もあるしQuad社サイドの虫もある。ITシステムの上で成立しているこのサポートの環には更にITシステム自身の虫もあるのだから致し方ない。

そんな虫だらけの思いに至るのは、最近増えてきたVirusメールである。個人で利用しているBTRONなどでは、Windowsの脆弱性を狙ったメール閲覧Virusなどの及ぶところではない。開発環境として利用しているWindowsという観点に立つと脆弱であろうと使わざるを得ないのである。開発マシンとEmailとを分けるという意味では個人環境で利用しているBTRONをVMwareなどのEmulator上で利用する形などが良いのかも知れない。いずれにしてもインターネットとの接点環境にWindowsを晒すことが良くないのは判っている。先日、NORTONのウィルスパターンの自動更新がデータファイルのみ完了してエンジン書き換えに失敗してしまった。この際には、ウィルスが蔓延してしまった。WindowsMEからアップデートインストールしたWindows2000であり、マシンアップデートというツールを利用して環境毎IBM-ThinkPadから引き継いだために会社の純正Virusプロテクトなどとコンフリクトした経過などがあったためかも知れない。結局BTRONが一番のようだ。

愛モードが欧州で苦戦している。文化の違いとビジネスモデルの違いからなのだろうか。携帯通信キャリア自体が最大のインターネットプロバイダーと化している日本の実情の違いだろうか。コンテンツ互換を謳い、軌道に乗せていった愛モードは、やはり安い端末・高い通信料金というビジネスモデルに国民を麻痺させることで始まっていったのだと理解しなければならないのだろうか。米国でも漸くカラー液晶の端末が登場し始めた。通勤に電車を利用しない人達にとっては車におく専用スタンドに立たせて音声認識で電話を掛けるというのが携帯電話なので少なくともカラー画面を堪能する距離には置いておけない。

GSMの電話機などで実現されているモノクロ表示の電話との価格競争などで考えていくと、部品代の追求がベースになっているかもしれない。GSMのパテント料金問題で欧州から撤退してしまった感のある日本企業にとっては、第三世代携帯で、そうした課題をクリアに解決して平等な(?)条件でのビジネスを手がけようとして協調路線を取ってきた訳だが全て裏目に出てしまい収拾がつかなくなっている。自分で何か手駒が無いことには、始められないというのが携帯ビジネスの原点に変わってきている。かのモトローラ自体がそうした流れに乗り切れず凋落している訳で、マスコミ誘導でここまで来た第三世代携帯も正念場を迎えている。

陽気がよくなったゴールデンウィークの日差しの中で、街中を歩いていると心浮き立ってくる。この季節には、山野の緑を眺めに行くべきであろう。今年の陽気の異常さで桜も含めてゴールデンウィークを早だしして取得したのは二週間前のことである。実は、米国出張の渦中で帰国した後の翌週にお客様の支援で再度出張しなければならないことの可能性が発生した。確定したわけではなかったのだが、帰国してお客様の先でトレーニングを実施する予定もあり、その週末には個人旅行の計画もしていたので何よりも個人旅行が最優先して帰国することにした。昨年もこの時期に米国から帰ったその足で、成田から羽田に急行して現地に出張した記憶がある。

今回は予定されていた行動とはいえ、成田発の大阪行きがコネクトしない可能性もあるので、やはり羽田からの最終便を予約しておいた。水曜日の朝には、サンディエゴからジェットで一旦シアトルに向かい、ここから成田を目指した。シアトルの空港では頼まれたイチローグッズが見当たらないのでインディアンのドリームキャッチャーとメープルシロップのみを買っただけである。成田につくや否やお土産だけを自宅に宅急便で送付して羽田へリムジンで急行した。久しぶりの日本での食事はカレースタンドでの日本式のカレーライスであった。最終便の大阪行きのジャンボは国際線とは異なりビジネスではないので暫しのすし詰め軟禁状態だった。

大阪のホテルで既に先にアジアのお客様のトレーニングに行っていた米国チームと合流して翌日、お客様の工場に向かった。丸一日かけて最新ソフトウェアリリースの説明を行いお客様の実装上の問い合わせ対応を行った。この過程で、このお客様達の製品による相互接続性テストなどのお手伝いを翌週行うことも確定した。これにより翌週予定していたほかのお客様へのトレーニングは欠礼することになり、仲間達に補填講義のお願いを再度した。何しろベンチャーで手が足らないのでギリギリの人員体制なのである。優秀な人材ばかりなので頼むことに不安は微塵もないのだが。

トレーニングの完了を祝して、米国の仲間達と食事に出かけることにした。気が付けば大半の仲間はインド人ということもあり、大阪市内のまともなインド料理屋をコンセルジュに頼んで教えてもらった。タクシー二台で急行したレストランは雰囲気もなかなかであった。料理のチョイスは当然仲間達にお任せしてご馳走になった。ナンひとつをとっても何種類もあり、いろいろなカレーをシェアしながら楽しむことが出来てインド人の仲間も太鼓判を押す店であった。ただ唯一の汚点は食事の最中に精算を要求したことであった。せっかくの料理も最後の印象で残念な結果だった。翌日は彼らは、関西空港から多くは帰国していき週末を越えて東京で月曜にも仕事をする二名のハンドリングは、もう一人の日本人仲間に依頼した。

私はといえば、よく土曜日の朝は早起きをして予定よりも早いのぞみで東京を目指した。昼少し前に到着予定だったのだが一時間以上早く着いた。個人旅行に行くには海外出張のスーツケースが邪魔であり明けた火曜には、そのまま米国に出張することもあり会社の自分の机に置いてくることにしたのである。東京駅で妻と妻の従妹と会い昼食を取りつつ久しぶり会った従妹との話を弾ませた。細君も従妹とならばサンディエゴデビューを果たしそうなのである。三年ほどになる中で、まだサンディエゴには行ったことがない細君であった。従妹は福島に嫁いだのであるが、職場の後輩育成の仕事を眼科医の看護婦として平日は実家で過ごしているそうだ。帰り新幹線は盛岡へ行く私達と時刻表と座席とが折り合わなかっので食事をゆっくりと過ごした。

福島へ帰る従妹と、盛岡に行く私達は新幹線ホームで別れて従妹が福島に着いた頃には我々は仙台に到着していた。二度目の旅行となる盛岡へはゆずのコンサートツアーが目的である。残念ながら横浜アリーナのチケットが取れなかったので予備で申し込んでいた盛岡の旅行兼ということになった。お気に入りのゆずのコンサートを体いっぱいで楽しんだ私達は、翌日の日曜日をたっぷりと山田線で宮古まで行き道中の春爛漫の風景を楽しみながら、宮古では浄土が浜のウミネコ達と遊び、雲丹アワビのイチゴ丼に舌鼓を打った。のんびりと走る山田線の車窓から左右に行き来する川沿いの風景は爽やかな通常の年のゴールデンウィークと思しき陽気の中で涼しげな水音と花満開の森を見せてくれた。

月曜日には、盛岡市内のお気に入りのドイツパン工房でパンを買い込み、北上川沿いの花畑を散歩して駅へ向かった。早いもので午後には横浜に到着して、ようやく自宅に到着した。翌日は着替えのみ袋に入れて会社へ向かった。火曜の朝は米国との電話会議なので少し早くに到着する必要があり、とくに夏時間の間は八時半からという時間は少しつらいものがあった。私自体はまだどこのタイムゾーンにいるのかが判然としないままの日々となっていた。机には手配発券の済んだチケットがおいてあり、確認をしてから会議室に入り会議に参加した。仲間達と情報交換をして明日からのサンディエゴでのサポートのお願いをした。隣接する病院の内科に伺い、投薬を受けている尿酸値の薬を出してもらい、血圧を見てもらったりした。米国スタイルの食生活が続いたので毎日の弁当生活で高めた健康状態が悪化している懸念はあったが今日は時間がないので投薬のみにしてもらった。

どたばたと昼少し前には、移動する必要があり交換した洗濯物を荷造りして送付の依頼を行い、そのままスーツケースを詰めなおして成田に向かった。途中でPC修理のための予備品手配などを行い時間がかかったが、箱崎まで急行して乗れそうなリムジンに間に合うことが出来た。リムジンバスの中でPCの心臓交換(HDD)を行い中古で仕入れた予備PCが稼動することを確認した。帰国途上で私の書き物に使っているPCが立ち上がらなくなったのである。幸いHDDに問題はなかったらしく同一シリーズの予備PCでシステムは何事も無かったかのように復活した。社用のノートと個人用のノートさらに予備のPCを持ち出張するさまは異様であるかも知れない。

生き返ったマシンを使って帰国と出国が判然としない中でのビジネスシートでゆっくりと書き物を打ち込むことが出来たのだが、ひょんな操作ミスで作成したばかりの二つの号を消してしまう羽目に陥った。BTRONベースの環境を使い込む上でファイルシステムの弱さは、まだまだ改善の余地がありそうである。あきらめて書き直すことにした。幸いまだ頭脳は元気なのであるから・・・。消去してもファイルリンクの再生などが行えればよいのだが、こまめにケアしていくことが何よりも必要なのである。三日間の限定で集中支援を行う中で、最新のツールを利用して効率と作業精度の双方を追及していく。Quad社の相互接続性試験チームの最新成果であるパッチしたソースコードをお客様に提供して直ちにコードに反映していくのだから時間とリソースは限られている。

UMTSの開発現場では、各インフラメーカーのリファレンスモデルになっているのがQuad社の端末なのである。これらの相互接続性試験の最新成果を反映していく上で、お客様自身の移植で生じたと思われるシステム設計の虫も見え隠れする。しかし、お客様自身が隠したい自社のプロプライエタリィな部分については、私達からのコンサルティングという面では、痒いところをリモコンで動作する孫の手で掻くようなものであり思うに任せて進まない。「そんなことも判らんの」とはお客様には言えないわけである。自社で評価できている部分の実装の説明をしながらお客様が自身で納得して自分の不具合に気づいて頂くという手順を踏むことになる。まあ、私達のソースコードやドキュメントと実際の開発エンジニアからの解説指導を通じて理解頂けないという私の力不足ということになる。この会社の開発力はこんなレベルではないはずだと思いつつも研究所などの部門が受託しているのでは致し方ないかなという面も見え隠れする。

開発現場で叩き上げられたノウハウを無視して一面立派な研究開発をしてきたという研究部門のチームに商品化の直前までを委託するというシステムは日本企業では見られるのだが、実態としては稚拙化が進行してしまう傾向が多い。象の足を触ってドライバーを設計して、象の鼻を触っている人間が制御をしている。象という全体像を掴んでいるのは開発をしている現場のシステムエンジニアの筈なのだが・・・。UMTSの時代に入り、プロトコルを動かすことで精一杯となっているようだ。GWなのに休むことも出来ずに世界各地の通信キャリアの所に相互接続性試験に奔走している。GWの間の出張申請は組合も認めざるを得ないのだろうか。日の丸通信キャリアほどの緊急度は無いのかも知れないが六月から始まるといわれている通信キャリアの最先端の事情を勘案した日本企業としての心配りというのが背景らしい。

落ち着いて休みをとりつつ、しっかりと設計をしていけばもっと効率が上がるだろうにと思うようにいたってきた。そうした余裕がなかなかとれずに焦って手をつけてしまい余計に忙しさを自己増殖しているように映る。通信プロトコルの実装に対してシステム設計上のバランスを取れているとは思えないまま、開発効率を追求しようと別プロセッサに走っている姿からは実際に商品化していく際のコストなども含めて破綻の姿が見えてきている。アプリケーションプロセッサでビジネスとして成功に至るのかどうかユーザーの利用料金も端末価格も含めて考えていないとしか思えないのである。単なるI-MODEですら端末価格から受け入れられないという欧州で失敗しかかっている実情などからみてもコストも下げて開発効率も上げてという図式を実現するためにという研究が日本メーカーの誰もが果たせていないように見える。

国民に覇気が見られない国情において、疲弊した技術者達が夢見ることも忘れた地獄のような開発絵図というのが2チャンネルなどからは伺えるし、すべての家電機器からの携帯業界へのシフトを進めている機器メーカーの方針が使えない技術屋を増やして、全体として開発技術力を落としているように見えるのに人を増やすことが開発力の増大だと信じているのだろうか。中国や韓国の仲間達と話しているとお客様としての彼らがサポートしている人たちには覇気も熱気もあり実力も十分に日本を抜いているように見える。技術屋が夢を描けないような仕事の進め方をしているのであれば業界としての破綻という図式のカウントダウンも始まっているように見える。どこのメーカーが生き残れるのかは、サポートしている私達にはわかるような気がする。

日常の開発の中での仕組みを改善していくということでコミュニケーションを良くしていくという簡単な図式をとらずに進めている仕事を止めないのは愚かなことだと思う。ゴールデンウィークにメールサーバーの電源を落としてしまうような会社には何を言っても始まらないのかも知れない。連休明けにはVirusメールで騒動が続き、また開発が遅れてしまうのではないかと思われる。仕事を進めるための電子メールに振り回されているのはIT技術への認識が軽薄なことが理由なのかも知れない。そういえば、そうした仕事をしていた仲間も会社を辞めてしまったと聞く。意見を具申しても吸い上げられない会社であるのなら致し方ないことなのかもしれない。

上海にいる知人の女性から157号の感想を戴いた。彼女は旦那さんが中国人であることもあり、現在では上海のMicrosoftで働いているそうだ、私が彼女に会ったのはサンディエゴにあったベンチャー会社だった。まだ創業期のベンチャーにあり会社の登記手続きなどの資料準備をてきぱきと進めていたのが印象にある。ベンチャーが立ち行かなくなってからは、旦那さんの仕事の関係もありシンガポールに移り住んでいた折りには日経新聞関連で働いていますということだったのだが、今は上海にいるとのことで彼女自身もダイナミックな生活を過ごしているように映る。

上海のMicrosoftにあっても凄い勢いで仕事をしているのは、やはり復旦大学卒業のメンバーであるらしい。L君に限らず、中国の隣人たちのパワーは凄いようだ。日本の若手学生達のこうした勢いを示す指標が無いのは残念なことである。更にそうした勢いを削ぐのか増すのかは不明な「ゆとり教育」の開始が宣言されたちぐはぐな国なのだから、致し方ない。採算の取れない事業の続く中で日本で売れる物は伝統芸能あるいは観光資源だけということになっていくのだろうか。少なくとも加工貿易の国ではなくなってしまったようだ。人材の輸出を続けているインドや中国との違いは何だろうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です