業界独り言 VOL231 勝負に出る技術者たちPart2

オブジェクト指向を極めたいと、FA宣言を行い自ら社内に新天地を見出して積極的な自己開発ステップの勝負への路に踏み出した知人がいる。前向きな技術者の仕事の成果は、管理者の視点からも有用な成果であり手放しには喜べないのかも知れないが、優秀な技術者の成果が発揮できずにモチベーションの下がった仕事しか出来ないのであれば会社にとっては、それこそデメリットであろう。人それぞれ重荷を背負って暮らしているので、生活を支える当主として安易なFA宣言ではなかったのだろうと思う。家庭があり、土地物価の高い国で身を粉にして働いているお父さんが閉塞した状況に細君からも見える状況での転身を図るにはそれ相応の責任が果たされる見込みが出来るということが必要なのである。

以前の会社で、モチベーションが維持できずに転身する状況に陥った知己がいた。無論会社組織としての仕事の進め方に問題があったのかも知れないし、先輩としてそうした知己と話す機会があれば、逆にもっと活用する方策は幾らでもあったのではないかと思い返すのである。有用な経験を積んだ優秀な技術者を、飼い殺し状態にしているのが、その頃の実情であったのなら血流を良くする意味で社内人事交流という形を使って活性化を図ることが出来るはずである。転身という契機に、いろいろと取り組みたい気持ちと新たな組織に入っていく不安などが錯綜しているのだろうと思っていた。その後、自身でも勝負に出るという事態に直面するときに知己と出会い少し話しを交わした折には幾らか彼の気持ちが判ったりしたものだった。

臨死体験ではないけれども、経験しない人に説明するのは難しいものだと思う。逆に、そうした臨死体験をして転身してきた技術者同士の意識交流は結びやすいのかもしれない。無論仕事を通じて、アグレッシブに色々な事業に手をつけて事業家としての経験を積んできた技術者などにしてみれば、臨死体験をした人の感覚などは当の昔に達観しているということもいえるのである。企業家としての経験を何らかの形で一度出来たのかどうかといのが一つの踏み絵になるのかも知れない。そうしたマインドあるいはポリシーを持つ会社風土に出逢えた技術者は幸せだろう。しかし、環境が素晴らしいとしても、その中に転身してきた人が自身を次のステージに押し上げられるかどうかは、その人の意識次第といえる。

企業家としての経験も、技術者としての素養も十分にある後輩がいる、残念ながら企業としての経営指針や事業方向などの狭間にあって彼の能力を活かして社会貢献できる仕事に携われているのかどうかという点については難しいようだ。自身で企業家として勝負に打って出ていくかどうかというきっかけには、家族の同意が必要だろうし何よりも自身としての自負が大切なのだと思う。ともすれば考える時間も無いままに只管に仕事に埋没しなければ出来ないような事態が何年も続いているのだとすれば、会社としての洗脳教育の賜物といえるのだろう。これは別に日本に限ったことではないが、韓国でもそうした状況に近いらしいという話も聞くのだ。ただし日本と韓国の違いは・・・といわれると組み込み大国の歴史としての、さまざまな成果が日本語であるということだろうか。今となっては、そうした成果が通用していくのかどうかは不明であるが。

硬直した組織に頑なに留まることを望むわけではないのだろうけれども、一歩踏み出す以前の自分自身の意識と向き合う時間が取れないということのようだ。家族の理解があったとしても、自身としての夢や希望を家庭に素直に話せるのかということになると、自分の描き築いた家庭という箱庭を崩したくないという思いにとらわれてしまうようだ。住めば都と人はいうもので、収入が減少しても明るい顔で晴れ晴れと暮らしている仲間もいるのである。新たな世界に飛び込んでいった後輩などは、司法試験を目指しつつ大工見習いで食いつないでいるようだが、年に一度会う際には、いつもいい顔をして元気にしている。時折思い出したように、彼が独り言を開いているような姿を思い浮かべるのだが、実際はいかがなものなのだろう。

会社として取り組めるのは、せいぜい名目上の組織改革でしかないのである。存在しない風土や気風に対して引っ張っていくのは強い魅力的な個性を持ち合わせているリーダーや現場の結束だろう。約束の地に導かれて何もせずに全てが用意されているわけではないのである。エデンの園のような環境や気風があったとしても、その風土や気風を維持していくということの難しさは、いままで多くの会社が直面してきたものだとおもう。完璧を期するハードウェアの世界と、あいまいなままの仕様凍結が生むソフトウェアの世界の狭間に暮らしつつより品質を高めたいという思いを試験のみで達成しようとしてきた流れは破綻してしまったようだ。競争社会の中で完璧な試験をしていたら、いつのまにか乗り遅れてしまったというような事態に陥った会社もあるようだし、80%の完成度と残りはカスタマイズで対応しようというアジアンな会社もあるようだ。双方の調停を図りつつ仕事を完成度高く進めていくのには、日常のコミュニケーションが最も重要なものであろう。

組込み開発の修羅場を経験して、開発環境を改善していくことこそが自分の生きる路だと発起して移って行ったT君が、新しい職場のCEOと一緒に挨拶にきた。志の高いT君のような技術者が積極果敢に切り開こうとしていく姿は、組込み業界にとってよい起爆剤になりそうな気がしている。幸いにT君の進んだ新しい組織にとっても有益な広がりを生むまったく新しい取り組みとなっているようだった。私自身も開発環境に手をつけたいと関西の開発環境ベンチャーの知己と密接にコンタクトしてはいたのだが、実際のお客様の状況からは中々新たな開発環境の流れに踏み出そうというところにまでは達しないでいた。この二人の間に奇しくも加わることになったT君は、東京事務所の駐在としての役割と彼の前職までの良いコネクションにより、新たな展開が生まれそうな匂いがしている。お互いの事業のロードマップと組込み業界から求められている期待とをうまくミックスアップしたいものである。異なった環境の異能の技術者が三人寄れば・・・次の展開は楽しみといえる。

前向きな仕事にしていく上に重要なことは、必要なリソースをアサインしコミュニケーションをとりつつ進めていくことである。如何に優秀なリソースをアサインしても活かせないような仕事量やバランスの崩れた使い方を強いるようでは活かせずモチベーションの破綻や身体の変調を来たしてしまうのである。健康に仕事を続けられるのもそうしたことが必要な条件といえるのだ。とはいえ厳しい携帯開発環境の流れにあっては限られた予算費用などから必要なリソースアサイン出来ないのも事実だろう。従来と同じ方法論を踏む限り、現場からは変わらない予算申請が繰り返される。失敗を恐れる担当者から積極的な提案が出てこないという負のサイクルに落ちてしまっている組織では先がないのである。トップも含めて博打を打つ、あるいは勝負に出るという積極姿勢を打ち出そうしている背水の陣を敷いている会社が出てきた。そんな会社が出てくるとQ社自身が考える、次世代開発方法論なども、こちらから積極的にサイクルが回していけるということに繋がる。暖簾に腕押しのような状況からの脱却はようやく始まりそうである。

気になることが一つあるのは、ベンチャー投資あるいは技術導入に最初だけ積極的で後が続かないという風土の会社があるらしいということである。ある意味で積極的な会社なのであるが、残念ながら技術への取り組みが早すぎて続かないというのが、この風土の悪いところである。会社の方針が特許の件数などで技術を評価しているのか、ビジネスに密着しないと判断した技術への撤退が早いのか、あるいは適用した技術をうまく使いこなせない現場からの突き上げに抗するだけの企業家意識が技術開発側に不足しているのかは不明なのだが、未だに真の風土あるいは気風の原因を掴みかねているのである。こちらとしても、そうした特性の会社であると理解して付き合っていかないといけないのだろう。少なくとも技術に共感して開発に応じてきた技術者がいるはずなのだが、熱しやすく冷めやすいというタイプだということなのだろうか。

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