業界独り言 VOL260 想像力と好奇心

好奇心旺盛というのが、昔の技術者を志向する若者の代表値だったように思うのだが最近ではどうなのだろうか。好奇心のベースにあるのは、想像力による広がりであり、その好奇心で得られた複数の情報のシナプスが自身の想像力による理解の中で結合していくことが最も楽しい瞬間なのではないだろうか。HTMLの仕様をみて、情報をオブジェクトとして扱いブラウジングしていけるだろうと思い至った事例などからは3Gなどのツール開発の契機の中で生み出された技術といえる。そうしたシナプスをつないでいく上で大事な素養には暗算の能力などもあるのだろう、3Gや4Gをドライブしているプロジェクトの中核には暗算の達人が多いのではないかと思っている。最も高速なコンピュータとして自身の脳を活用してシミュレーション結果を手に入れられるのだから心強い限りである。頭の回転の指標として暗算能力などが、ひとつのベンチマークであるのは事実かも知れない(無論、それ以外の指標もあるに違いないが・・・)。

好奇心により、ますます想像力を膨らませて頭の中のシミュレーションを進めていく人の話を聞いていると、ちょっとついていくのが大変なのかも知れない。何人かとの議論などで想像が深まっていく場合には、良いのだろうが往々にして一人で思考と試行を繰り返した結果での話題を提起されてしまった場合には溝を埋めるのに苦労してしまうわけである。そうした溝を話す側が理解して咀嚼しつつ説明してくれれば良いのだが、ますます深みの思考と試行を進めてしまうのでは困ってしまうのである。うまく周囲を理解させつつ実際のビジネスとして動いていくように現実化していくという仕事の意味を理解しなければ、折角のアイデアも活かせず夢想家の烙印を押されてしまうのだろう。刺激される大量の情報の流れの中から、必要な情報を抜き出しをしていく、その技能自体は訓練の成果以外の何者でもないとおもう。考えるというサイクルをどれほど回せるかと言うマラソンのようなものかもしれない。安直に資料や解答を求めてしまう最近の風潮の中では難しいことなのかもしれない。

若い技術者達の特権でもある自由な発想を育てていくという考えが、指導者側にあれば有用な発想を製品開発に役立てていくというサイクルがひとつでも確立していくのではないかと思うのだがいかがなものだろうか。トライしてみたいという欲望を駆り立てていく好奇心をベースに想像力を訓練していくというサイクルが管理されたOJTとして確立すべきスタイルだと思うのだが、枠を超えた発想を持つ有望な若者をうまく指導していけるのかどうかも課題なのだろうか。リーダーがうまくリードしてくれるのかどうかを部下はよく見ているものなのだ。提案したアイデアを正しく評価したうえで今の仕事に活かすか、次の仕事に活かすか、さらに検討すべき点の添削指導を呉れるのかといったキャッチボールが必要なのである。今使われなくてもよいが、考えたアイデアを正しく評価指導してほしいのが部下なのである。想像力と好奇心のループをどれほど回すかによって伸びていくはずなのだ。

新人が入ってくると、目を輝かせて色々なものを吸収しようとしているのがよく判る。彼らをうまくリードしていけるのかどうかという自分達の取り組み自身が、組織活動を活性化できるのかということのステップに繫がるのである。求心力のあるリーダーが常に発しているオーラは、そうしたことから発散されてもいるのだろう。何もないところから始まる仕事などを通じて、会社の仕組み自体が持つ不備などについての再確認が出来るのはどこの会社でも同じなのであるが、あとはフィードバックサイクルを本当にスムーズに回せるのかどうかが課題なのだろう。今月始めに参加することになったY君は、マイペースな彼のスタイルのままトレーニング兼のテーマに取り組んでいる。他の参照するサンプルもない新しいお客様の表示ユニットをドライバー作成を含めて行い評価するというのがテーマなのだ。実際にそうした具体的なテーマを通じて会社での必要な情報の収集の仕方やヒューマンリンクなどが形成されていくのである。どこかの大学にも出てきそうな彼の風貌は、電機メーカーのお抱えソフトハウスで働いていた十数年前からそんなに変わってはいない。むしろ伸び伸びとしている姿は、あの時以上かも知れない。

目が輝いているという雰囲気は、好奇心や想像力また、その人の真摯な人格なども含めて得がたいパーソナリティでもある。Y君のジョイントより少し前に参加したN嬢はオブジェクト指向バリバリのアプリケーションエンジニアでもある、携帯業界ならお分かりの共通プラットホームのひとつの牙城でもあるOSメーカーからの転進である。今、彼女はQuad社のバイナリープラットホームのサポートエンジニアとして今までの彼女の経験も含めて、日本のお客様の実装部隊とサンディエゴの開発部隊とを的確に結ぶサポートエンジニアとしての手腕に期待が掛かっている。純朴な彼女のキャラクターは、いまどきのメーカーの疲弊したエンジニアの風景とは一線を画すものでもありリードしている共通プラットホームなどを開発している立場での余裕のある中で仕事を学んできたことの集積が良いフィードバックとして彼女の個性を際立たせているともいえる。Quad社で期待しているエンジニア像のひとつとして素材・資質の良い若手エンジニアを求めるということからする大きな収穫でもある。

経験の豊富な、優秀な技術者という中核エンジニアというニーズもあり、こうした要項にマッチするエンジニアとは、開発現場の中でもっと技術を追求していきたいという個人の思いとは裏腹に若手技術者の育成というよりは協力会社を沢山使って仕事をこなしていくことの管理に回されてしまうという、戦後日本復興の立役者であった下請け部品メーカーと自動車メーカーのカンバンシステムのような流れに辟易してしまっているようなエンジニアがひとつのパターンである。無論、こうした管理の流れに一年以上も浸かってしまうと輝くような溌剌とした個性も失われてしまいやすく生鮮食品のようなものでもある。目が死んでいると評されるような状況に陥ってしまった技術者では、まあ転進する気概もないだろうし互いに気持ちも通わないものである。但しものづくりをしている立場としてのメーカーと技術を提供していく立場であるチップメーカーとでは明らかに性質は異なるので、これもまた微妙なところがあり万人の受け入れられる仕事ではないかも知れない。

精神的にタフな仕事とよく評される最近のメーカーの中で疲弊している状況でもがきつつも新たな事業創造の夢にまい進している知己などは、もっともっとメーカーで頑張ってほしいものでもある。会社の方針が転々とする中で自分の思いとのギャップに鬱々とした日々をすごしてきて、打破しようと活動する技術者もいるようだ、この春にUMTSチームに合流したN君もそうした人材である。その会社の方針が、志向する自分自身の考え方とマッチして的確に次々と決めて打ち出していく流れに乗っていれば、彼もその会社も期待する方向に伸びていくのだが・・・。日本の多くの製造業が破綻していく流れとしてソフトウェアの開発プロセスとしての構築が出来ずに投資という名前の浪費が続いていった結果として会社としてのかけがえのない資産といえる技術者達の思いや個性といったものが失われていっているケースが多いようだ。

先だって携帯電話メーカー同士がソフト開発の合弁会社を興したような新聞報道があったが、チップ部門を持つメーカーと製品メーカーの合弁としてソフトウェア開発の主体はチップ部門を持つメーカーだろうという推察は実は外れなのである。ソフトウェア開発を着実にオブジェクト指向に移行させて辿り着きつつある製品メーカーに、チップ部門を持つメーカーが擦り寄ったというのが実際のところのようだ。大会社として数多くのソフトウェア技術者を配して開発に取り組んでいるというメディア報道などが伝えない現場の実情については、お寒い状況である。またうまくいっているケースに脚光を当てるようなこともないのは、開発競争の流れからも自明なので、開発メーカーの経営陣が技術供与を求めて欧州メーカーが主催するセミナーに百万円以上を投じて偉い人がいくのも無理からぬことでもある。

技術追求をしていく楽しさを表現するのは難しいことであるが、多くのユーザーと同様な方向の中でいろいろなニーズとしての情報を手中にしつつ想像力と好奇心を満たして新たな方向を探っていくというビジネスサイクルを確立しているという意味においてQuad社のような事例はまれなケースなのだろう。開発成果として提供したものがビジネス成果として実際にお客様が開発された製品を実際に利用して米国でデータローミングも果たすことが出来た3G端末などを手にすることでの喜びは尽きない。そうした製品開発の過程に深く一緒に取り組んできたことを思い返しつつ次の商品開発に向けて提供してあげたい技術革新についての好奇心と想像力が高まっていくのはちょうど年末の状況とあいまってよく考えるという時間がとりやすくなっている。今年に新たに加わったY君、Nさん、N君彼らと一緒にお客様に技術提供をしていくことのストーリーを思いつつ好奇心と想像力の相互作用がピンポンを続けているようだ。

韓国のお客様がちょうど先週は訪問していたようだが、その開発の中核技術者のT氏は日本人のようで、私やケイ佐藤と同世代の所謂ショルダー携帯を開発していたエンジニアだという。当時を思い返すと開発していたメーカーは二社しかなくて、知らされた技術者の名前に覚えはないのでおそらく池辺町の会社なのだろう。そんな彼は、すでに韓国メーカーに転進して九年余りだということで開発プロセスという意味においても日本のメーカーが辿った衰退の道と、韓国メーカーの発展してきた道との差は大きなものだなと思い起こされた。実際問題として韓国メーカーというキーワードであってもグローバル化は進んでいてサンディエゴに来る技術者たちはコリアンという人たちばかりではない。日常がグローバル化しているのかどうかという視点では明らかに日本メーカーが立ち遅れているのは確かであり、開発プロセス改善に成功したメーカーのように他のメーカーにも頑張ってほしいものである。

そうした動きが形成できるのかどうかは、そのメーカーで働いている経営陣に働きかけられる世代の人材に掛かっている。この人材が仕事に疲弊しているような会社なのであれば未来は描けないのである。同じ技術提供をしていても、その技術を使いこなせる基礎体力としての技術に既に大きな開きが生じているような気がしてならないのだが、杞憂にすぎないのだろうか。まだ若手技術者が抱えている伸び盛りの好奇心や想像力を活用していき会社を変革させるだけの大爆発を興してもらいたいものでもある。こうした独り言を書き綴りつつ、リアクションがいただけるのが同一世代としての二十世紀に活躍してきたN8さんなどに限られているように見えるのが私の不安材料なのである。意味がない独り言を書き連ねても仕方がないことなのかもしれない。ひたすらに意見反論もせずに読み流されているという人もいよるようなのが寂しいことでもある。

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