業界独り言 VOL298 技術屋冥利

「目指すは世界一のメーカーですから・・・」と、きっぱりと言い放つのは知己の関西の某組み込みベンチャーのCEOのYさんである。社歴として二十年を越しつつも大メーカーというよりもベンチャーで尖がった製品を出し続けるのは社風ゆえだろうか。最近の携帯電話開発などをしているメーカーのエンジニアからは聞かれないようなフレーズだったので妙に耳に残っている。私は国内のテクニカルベンチャーの中でも群を抜いている社風と実績だと思っている。ベンチャーの証左としては人数の少なさでも証明できるかも知れないが、それ以上に営業陣営を拡大しない志向を持つ経営にも現れているだろう。堅実経営の実績として国内組み込み業界の隙間をいつも埋めてくれてきた成果からは、銀行融資を必要としない姿などに映し出されている。出来ないことはきっぱりと断り、無理に拡大はしていかないという姿にはCEOの考える会社としてのバランスを維持したいという思いがあるようだ。

尖がった社風の理由は、ある意味で生意気な文化が残っているのだろうし、生意気を支え続けるのは突出した技術志向を本当の意味で掘り下げてきたからでもあろう。この会社の社歴を見ていると、どんな技術を指向して開発し蓄積しつつ、現場開発技術者に必要な次の技術に耳を傾けて開発を進めてきたのかが判るような気がするのだ。しばらく面と向かってあったこともないYさんであるが、三年ほど前に京都のオフィスを訪ねたことがある。その前にあったのは某メーカーの開発現場で十年ほど前に、また最初に逢ったのは彼らの創業まもない頃の二十年も前になる。頻繁にあう訳でもないのだが彼から、いや彼の会社から発せられる新たな技術には、いつも今までの経過や深化発展してきた風土が浮き上がってくるように感じて嬉しいのである。日本人の技術屋としての彼らのスタンスの颯爽としたところには啓蒙される次第である。

そんな彼の社風には、ある意味で拡大に対しての懸念があってのことがあり、手付かずの業界もあったようだ。蟻地獄のようになっている組み込み業界の一部などに対応しようものならば、技術指向の真摯な彼らの取り組みであったとしても受け入れられない現実の壁があると感じていたのだろうか。現実の蟻地獄を見てきた気鋭の技術者を迎えて、Yさんたちの技術指向や深化したテクノロジーを伝導するエバンジェリストとして位置づけるという斬新な取り組みが行なわれたのは二年ほど前である。気鋭の技術者として私も知りえていたTさんがYさんの会社に転職すると聞いて、Tさんの前職で取り組まれてきたこと自体がTさんの中で一巡してしまったのだろうなという思いと、Tさんが組み込み業界に不足している部分をYさんの会社の技術にどこかで触れる出会いがあってのことなのだろうなと勝手に思いを巡らして納得してしまったのである。実際にTさんの転職祝いでお会いすることでそうした思いを更に強くしたのである。

TさんとYさんとに同時にあったことは無いのだが、Yさんを通してのTさんあるいは、その逆でも互いに語られる相互理解や期待していることなどが見事にギアが入っているのには感銘したのである。一度三人揃って食事でもしたいと思うのだがTさんは関東でYさんの伝道者としての仕事をされていて中々機会には恵まれないのである。Yさんが懸念していた拡大に対しての畏れは、Tさんと出会うことで自分自身のセンサーの拡大を実現しうることを確信したようであり、会社として蓄えられた経営資源を活用する投資という意味においてもTさんを通じての新しい業界への取り組みが始められたようなのである。組み込み業界の必須事項として挙げられるのは開発効率の革新であり、そんな中でいつも大きくクローズアップされてきたのはデバッグ環境でもある。開発効率を機軸に言語処理からCPUアクセラレータ、ハードウェアデバッガなどに取り組まれてきた彼らの製品系譜にいつも見られるのは次に開発者が何を求めているのかを感じ取っていることでもある。

会社を脈々と発展させていくということに対して、会社としてのバランスを保ちつつの発展を目指してきたYさんのこだわりはあるようだ。Tさんを迎えてYさんの技術を語り部として正確に平易に伝えて現実の携帯電話の開発プロジェクトにスムーズに適用したのは、素晴らしいハーモニーだ。また、Tさんが現場から吸い上げた声に呼応してYさんが技術深化させていった結果には確固たる新たな市場に技術として応えるスタイルが確立してきたように映る。Quad社が指向する様々な携帯電話に向けた技術開発の中には、成果のプレスリリースのみをトラッキングしていくと誤解を生むようなケースもあるらしく、Tさんが久しぶりに声をかけて来たのもそうした背景からだった。少し時間を貰って互いの最新状況の交換をすることで誤解を解きつつ期待する技術としての萌芽を感じ取ることも出来たので、米国チームにも是非見てもらうべき点があると感じたので訪米での説明を提案することにした。Tさんが持ち帰り検討してくれた結果のYさんからの返事は冒頭の説明のような快諾だった。

サンディエゴのOS応用技術のコア開発をしているメンバーに対して、Yさんたちの開発してきた組み込みLinuxなどに対するディープなデバッグ技術ょ説明しつつ自身達で進めている技術に対してのマッピングなどを描きつつの思いを説明することで、彼らからの諾否を伺うメールをしたためた。夜半には快諾メールが届いたので、さらにT君を通じて訪米の正式な御願いを申し出た。日程を選択するチョイスとしては六月の初めというのは自身の訪米と重なれば、ゆったりと太平洋に沈む夕日を眺めつつの夕食なども楽しめるかと思いはしたのだが、生憎と一週間ずれてしまった。まあ同様の領域に深い見識があり、かつTさんとも仲間意識の共有できる東医研くんが米国入りする予定でもあったので、彼にサポートを御願いすることにした。世界一を自負するエンジニア達同士の会話というものが楽しみな今週なのである。ディープな技術を破格の価格で提供できるのは、やはり彼らの技術の高さを示すものであり、その結果として素人には売らないという戦略の賜物でもあるのだろう。

携帯電話開発という競争が産み出した日本発の凄い技術が、また新たなサイクルを伴ってフィードバックをして新たな技術に繋がっていくという、そんな良質なサイクルを回していくことは技術屋冥利ともいえるのである。難しい技術を深く理解して平易に解説して普及を果たしていくという、そんな伝道者という技術者としての仕事は相通じるものであり、おそらく引き続き起こるであろうサンディエゴ技術者達のYさん達を訪ねる技術のキャッチボール訪問が予測される。必要な技術を適時に提供していくことの大切さを知るものとして、そうした先端技術者同士が自由闊達に交流していくということを当たり前のようにさせていきたいものである。そうしたサイクルを取ることに対して理解を示してくれるような業界であってほしいと思うのだがいかがなものであろうか。同時期に同様なプロポーザルを、別の知己にも送り技術展示会への参加特別VISAを提案したのであるが、忙殺される日程の中で実現はしなかったようだ。いつも前向きなエンジニアとしてのありようを支えていていくことを当然と思わなくなった時点で会社としての老化が始まっているのかもしれない。

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