業界独り言 VOL310 アーキテクチャの進展

昨年末に国内メーカーから迎えたエンジニアM君は、日系ハーフの米国籍で、特徴のある流暢な日本語とネイティブな米語を扱うバイリンガルである。昨年の前半は、お客様として何度か米国にも来訪していただき当時のQuad社が考える次世代UIという名前の技術を適用したUI作りを試行していただくプロジェクトの中心でもあった。とはいえ、当時の状況で考えれば、UI技術への踏み込みが十分でない状況のQuad社での助走期間の技術提供だったともいえる。国内メーカーの中で一般通念として普及してきたUI開発の流れはWidgetベースのUI部品を駆使したものに推移しておりそうした流れにいた国内メーカーがQuad社の呼びかけに応じたのは、自社技術とQuad社技術の双方の視点にたち先を見越して研究を進めていくためのものであったかも知れない。Quad社が提唱するバイナリ実行環境がゲームアプリだけでなく一般のUIを含めたベース環境に移っていくであろうことを察知した先進メーカーに違いはなかった。並行して開発が進められていた国内キャリア主導のキャリア仕様を満たすプラットホームエンジンの開発というテーマなどと合わせて、当時はQuad社の中では将来技術の協奏曲となっていた。

M君が、端末UIの開発エンジニアとしてバイナリー環境を詳しく理解していく流れにのり商品開発を達成していく中で、国内メーカーでの仕事よりもQuad社でのビジネスに魅力を感じたのは、理解した技術を幅広く実践して伝えていくことにあったようだ。開発していくベースを広げたいということが背景にはあったのだろう、年末にジョイントしてからQuad社が暖めていたUI技術の進展にはベースとしてのWidgetを自社昇華した上でUIプレイヤーという新しいレイヤーを提唱しているベンチャーを吸収することでもあった。2.5Gの肥大化するUI開発の流れにあった欧州地区の事情に応じて3GUI技術としてXMLベースのUIを開発してきたベンチャーにとっては各キャリア毎のUI差異を吸収しうることを当初の目的としつつも、Quad社が提唱するアプリケーション全体に向けたアプローチに繋がる流れに共感を覚えたのでもあろう。もう一歩踏み込んだ形でのアプローチとしてバイナリ環境の上にUI開発環境として構築していくことになったのは大きな流れとなった。M君は、さっそくこの新XMLベースのUIプレイヤー実用化の先鋒となるユーザーサポートの渦中でエバンジェリスト兼サポーターとなり実用化を達成することになった。昨年来の流れであるところの各通信キャリアに対応するアプリケーション制御といった切り口にも繋がる形になっていくことは次の進展となるのだろう。

端末開発費用という観点で見た場合に、なかなかやりたいテーマを続けていくことが出来ないというジレンマもM君にはあったのかも知れない。事実、端末メーカーでの開発内容自体はかなり変わってきているのも実情だ。大規模化する開発規模の流れの中で端末一社でそうした負担をしていくことが出来ないというのは、高機能イケイケ路線で進んできた国内メーカーや国内キャリア事情の曲がり角というべきかも知れない。3G端末の離陸は、国内第二位のキャリアとそれ以外のキャリアとの競争に基づいてドライブされてきた。そうした中で、ビジネスモデルの異なる通信キャリアに向けた端末作りの条件をクリアするための模索が各メーカーで続けられてきた。第一位のキャリアのみに物づくりしているメーカーもあれば、一様に提供しようとしているメーカーもある。実際に現時点で同時に既存の三つのキャリアに端末提供が果たせているメーカーは居ない。それだけ3Gに推移してからの要求されるアプリケーションやキャリアスペックを満たすためのアーキテクチャ条件が難しいということでもある。無論、通信キャリア自身もそうしたことを理解した上でプラットホーム整備と銘打った開発や開発費用提供あるいは仕様開発といったことを進めてきていたのである。

実際の端末作りを進めている上で鍵となるのはモデムとしてのチップセットやプロトコルの整備であった。3GPPとしてのそれにはローミングなども含めて各通信キャリア毎の相違なども含めて対応していくことや相互接続性試験を繰り返し実施して改善蓄積してのソフトウェア完成度向上が求められてきていた。また、3GPPとしての難しさには実際に定められてきた仕様自身のオプションの多さや解釈相違などに基づく多様な実装があり試験をしながら確認していくというフェーズが3GPPの離陸を妨げていた。Quad社が3GPP端末開発に大きく肩入れするのには、一つはビジネスモデルとしてのライセンス収入獲得といった視点もあっただろうし、無線技術の盟主としての地位をゆるぎないものにするための施策でもあっただろう。モデムとしての完成度向上の流れを実現することと、端末作りとしての魅力をゆるぎないものにするための最適な設計を目指したアーキテクチャの追及も進められていた。最初の取り組みは最小限のハードウェアで高性能を実現することによるメリット追及であり、ARM7ベースでのモデム開発の達成があった。こうした目標は実際のチップセットと、そのチップを使った製品化としてのユーザー獲得との両輪で設定し、達成が進められてきた。音声通話のみであればARM7で達成できたのも事実である。

3GPPの標準アプリケーションかどうかは別にして、テレビ電話というフィーチャーが取りざたされるのは2.5Gとの差別化として進められてきた。また、回線確保に基づいた考え方を良しとはしない別方式で進められている第二位キャリアとの差別化でもあった。テレビ電話というフィーチャーが中々メジャーにならない理由は、それ自身がメジャーとはいえない人間のメンタリティーにもあるだろう。電話だから話せる内容とF2Fで話せる内容には違いがある。とはいえ、ともかく実装するという観点でこうしたマルチメディアのアプリケーションと通信プロトコルの両立をアーキテクチャから追及していくことになった。モデム屋としての盟主の地位にはともかく、アプリケーションプロセッサという提案に対してはかつて時期尚早というOEMからのメッセージを受けた痛い経験ももっていた。ARM7で一度開発をしたマルチチップの構成自体はアーキテクチャの観点からコストダウンを求められたし、RPCに基づくアプリケーション構築などの課題などがあった。とはいえ自身としての実装実現を果たしてきたQuad社としてはユーザーからのフィードバックを受けてワンチップで最大限の高性能を実現することをこうした経験から学んできた。

バイナリー環境がアプリケーションプラットホームとして進められる中で、これを活用して最大限の効果を得ようという流れになったのは自然かも知れない。不要なアプリケーションはサスペンドさせるという概念の上で効率よくアプリケーションを動かすということは効率の点からもマルチメディアアプリケーションがスムーズに動作するからでもある。ARM9コアのワンチップソリューションとして3GPP+テレビ電話が達成できるものという触れ込みで作り出されたチップセットは、最終的に国内一位の通信キャリアのエントリーモデルの機能も達成することになった。Quad社が経験不足な領域については、アプリケーションベンダーとの両輪を組んでいくという上でもバイナリー環境に基づく仕組みはスムーズだった。WAPブラウザやらさまざまなアプリケーションが開発されて実際にQuad社の試作端末の上で動作することが達成されてソリューションキットとしてユーザーに提供されたからでもある。実装をミニマイズして32MBの条件でテレビ電話やブラウザが動作する端末開発をしたメーカーもある。国内一位キャリアの端末提供をQuad社のチップセットで達成したことはテクニカルには高く評価されたが、実際の商品としての人気は別物である。

ARM9のワンチップで積み上げられたソフトウェアの一つの成果としての位置づけは、逆に次のアーキテクチャへの変遷を要求されもしている。開発に工夫を要するバイナリー環境の改善の上では、アプリケーションとモデム処理との独立がさらに求められているということでもある。だからといって必ずしも二つのコアにするということではなく、マイクロカーネルの搭載の上でモデム処理やアプリ処理を分離実装することである。これがアーキテクチャとしての次なる流れでもある。上位のUIとしての次世代の流れはXMLベースでのUIプレイヤーという概念であり、下位のドライバーミドルウェア開発のためにはオープンな開発環境が提供できることなども求められてきており、モデム処理との独立が果たされるマイクロカーネルベースのアーキテクチャはそのための施策でもある。既にそうしたことの成果としてUI系統にlinuxを実装した端末もワンコアチップセットの上で実現がなされている。通信プロトコルとアプリケーションプラットホームの両立の流れを果たしていく上で、少なくとも独立して実装できることを証明した成果といえる。ただし、Quad社がLinuxを推奨しているわけではなく、さまざまな端末開発に呼応できるということのメッセージにほかならない。

3rdパーティOS対応という意味において、LinuxやらSymbianに対応していくのですか・・・という短兵急な質問が出てくるのは致し方ない。しかし、Quad社として最善のソリューションはバイナリ環境の更なる深化であり、そうしたことに基づいた端末がこれから離陸していくことになるだろう。もはや、こうした開発に従事していくことが出来るのはOEMメーカーではやりえない状況ともいえ、最大の課題は意識あるエンジニアを採用投入していくことだが、残念ながら国内のエンジニアにはそうした肝の据わった目が腐っていない人は少ない。国内で作業経験のある日本語の使えるエンジニアを雇うことになってしまいそうな事態には泣けてくる。アーキテクチャの深化を果たしていく上でQuad社自身の日本メーカー向けのアーキテクチャとしての人材構成にも見直しを図られなければならないということは残念な限りでもある。世の中が二極化してきている流れで、技術者としての処遇が必ずしも上層階級とはいえない動きになりつつある中で、いまの環境にすがり付きたい状況も理解できる。しかし、すがりつきたいようなメンタリティで自身として取り組みたい技術に目をつぶるというような技術者では勤まらない。自分の殻を破ってほしいものである。第二・第三のM君を探している。

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