業界独り言 VOL140 きな臭い未来

我が家では修理依頼したDVDレコーダが修理先から連絡も入ってこない、たまたま大きな問題とならないのは、最近適当な番組がないからでもある。システムとしての課題は、デジタルBSの録画配線が宙に浮いていることだった。週末に屋上のケーブルテレビからの入力配線を見直してカシメ直したことでNHKの画質が平均レベルに戻ったために細君の希望するBSドラマやNHKについては従来の系統で録画することが可能になっていた。

「Sで取るほどでもないのよねぇ。」と年末の大売り出しで購入したビデオテープの箱入りから取り出してつぶやいている。そうした目的にはハードディスクレコーダが目的に適っているのかもしれない。しかし、一時的にしろの容量や新しいマンマシンインタフェースの機器を導入するのは慎重を期する必要がある。なにしろ日常のことなのだから。単純な操作を確実に解りやすく行わせることは大変な技術である。

長年の積み重ねで日の目を見始めてきたものは仲々良い状況になっているように映るものがある。実は、このメールは超漢字4と呼ばれるBTRONベースの物で書くようになった。最近はやりのHTMLメールを打つことは出来ないが、逆にシンプルなテキストメールのハンドリングにはマッチするような感じだ。BTRONの作法といえば、坂村助教授が良くNHKの番組で深夜などに説法していたような気がする。実際使い勝手で不自由に感じる点もない。

昨年端末のguiとして考えようといっていた時点から、考えると昨今の最新型PCに対応して自立の道を進んでいるようにもみえる。携帯端末も、QUAD社の推進しているバイナリーな環境がIBM/PCのように位置づけられてくればアプリケーションとしてモバイル超漢字ってな呼び方の実装も可能なのであろう。となるとやはりベースとなる環境をCPUとして裸に見せられない部分があるとすれば、uITRONのAPIを載せておくことが必要になってきそうだ。

大胆なソニーという呼び方が正しいかどうか解らないが、昔からソニー製品にはそうした流れがあるような気がする。突然新しいコンセプトの商品を出してくるというのがその流れだ。むろん批判も多いのは事実でエアーボードというコンセプトを作り込みたいために無線LANの方向などにも影響を与える様は社内にいる熱狂的な技術者の思いを推進していくという文化があるのだろう。技術者の自己満足なのかどうかは、その商品が世に出てから決まる物なので可能性を追求していくという意味においてソニーの戦略には一部は納得出来る。

ほかの会社の製品でもそうした企画製品がないとは言わないのだが、実際にもの作りの過程において熱狂さという文化があるとないとでそうした製品が世に出るのかどうかという事に辿り着けるかどうかという状況に変化が生じる。コンセプトは先進だったけれども作り上げられなかったというのでは世の中からみて、そうした技術者こそ自己満足と映るのかもしれない。むろん夢見がちな商品を出して、長続きせずに撤退してしまうという会社の一面もソニーにはある。

国を挙げて夢見がちな商品構想を打ち出していたというのが、第三世代携帯電話である。事の発端は、携帯電話のヒットであった。しかし、それらのニーズに応えられるだけの周波数リソースもないことが国土の狭さに立脚した我が国の特殊性となって一つの錦の御旗となってFOMAとして推進していくことになった。ワールドワイドの規格という意味においてはもともと日本で興したTDMAのデジタル化システムはマイナーなものである。政治的な扱いも含めて国際的には新バンドの周波数権利をオークションにも掛けずに申請順で受理するかのごとき出来レースだったりするのがマイナーな一例でもある。

IMT2000として新バンドを共通にしていこうという高邁な考えで進めていた作業と逼迫する携帯電話の急激なニーズ拡大とが、ある意味においてミスマッチしていた。応じきれないほどの急速な拡大が国内キャリアを焦らせたのである。米国は、国土の広さから未だにアナログシステムが残っているような状況であり規格だけでいえば、TDMAもCDMAもある。しかし、世界統一という共通項に残るのは将来のCDMAと現状のGSMなのである。WCDMAとして日本と欧州の共同歩調となったのはQUAD社のライセンス問題であった。渦中のE社とのパテント戦争は相互共存という形でのある意味で妥協あるいは決裂で終わった。

GSMを推進していきたい欧州としては折角築いたGSMネットワークとの親和性を保つWCDMAの機能に掛けていきたいというよりもQUAD社とのライセンスでの係争などで時間を稼いでGSMへの今までの投資回収などの費用もあり必ずしもWCDMA一辺倒にすぐ遷移するとも思えなかったのだろう。実際米国と日本を除けば既にGSMの植民地と化しているのが実情だからだ。欧州との共同歩調を取り、独自規格として先行せざるを得なかった日本のWCDMAの実情と未来はきな臭く、欧州とのハーモニーは不協和音に変わりつつあるようだ。

きな臭い未来に向けて、現状打開として一層の開発投資絞り込みを行っている日本の通信メーカーにとってこうした現状認識を正しく経営トップが出来ているのかどうかが課題といえるだろう。携帯電話で生じた、社会の経済バランスの揺らぎが今大きくのし掛かって重荷となってきている。欧州に主戦場を見いだして進めようとしている。テレビ電話の時代として超小型のカメラユニットや動画対応のMPEGエンコーダなどの開発をしてきたメーカーの開発成果が活かされれば良いのだが。仲々離陸しないFOMAの実情と期待する側とには溝がある。

大東亜共栄圏構想位に立ち返り、これからの市場である中国に向けてアジア向けの機能として彼らが欲しがる物、必要とする物をヨーロッパ人よりも的確に掴み提案していけるように考え方を変えるべきではないのだろうか。GSMあるいは、CDMAの戦争が終わった後の時代の戦後処理として如何に発展していくべきかを考えたほうが良いのではないかと思われる。日本は終戦処理に長けているのではなかっただろうか。技術的に正しい物が、評価される時代では決してないのが実際のところでありそうしたことを悩んでも致し方ないのだが・・・。技術的に正しい物が政治的に登場してしまった場合の対抗策にはなんの手だてもない。この事は一昨年日本が学んだ事である。

エンジニアとして納得できない物、政治的だけに考えて行動しているという企業のライフスタイルは既に構造改革されつつある。そうした契機に晒された場合に自分として技術者としての真意を掴んでおくことが必要になってきていると思われる。中国から技術者を雇っていくというのが、現在の封建的な日本の技術者の心の有り様のままではベストなシナリオではあるのだが・・・。QUAD社が米国の会社であるが故に、中国からの技術人材を雇っていく上では決定してからの手続きとして4カ月を必要とするのが大きな障害でもある。それほど、国と国との関係においても重要な中国であるのだ。仲々うまく回らないものだ。

DVDレコーダの話に戻れば、光ファイバーの接続を来月に控えていて今までのようなVHSでのテープ貸し借りからネットでの録画データの交換という事態が正に可能になろうとしている。WinMXどころの話ではなくなる。少なくとも家庭内での利用も考えるとネット接続型のHDDレコーダが大きく取り上げられてくるだろう。この為には、安定稼働やライセンス問題からLinuxサーバーの設置も必要になるだろう。ハイパーリンクに馴れてきた現在の若者からみても元よりそうした素性のアジアからも漢字文化あるいは多言語文化対応可能なBTRONがフォーカスされてくる時代が来そうな感じすらある。

T−Engine構想などが打ち上げられても以前の不幸な歴史が思い返される会社だったりすると新に会社を興して進めていくというのも手だ。チップビジネスを推進しているQUAD社では、コンセプトを商売に拡大していこうという戦略もありワールドワイドなそうした感性を模索している一面もある。次世代にはPDA機能までも視野に入れるといった論調もあるのだが、果たしていかがなものか。実際にこうして超漢字on小形ノートという日本発のPDA環境で使ってみると意外にいけるのではという感触が強くなってくる。知人でBTRONで世界を変えると意気込んでいるのが大胆な開発という会社の風土にあうと大化けするかもしれない。これもまた、きな臭い未来かもしれない。

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