VOL19 H君からの手紙 発行2000/06/26

久しぶりに懐かしい仲間からメールがきた。初芝時代に共にしたことのあるH君からの手紙である。まだ、場所が移ってしまってからは初芝時代にも顔をあわせなくなっていた。東川が初芝をさってからは一方的な東川からのメールマガジンを読んでいたようだ。初芝での仕事は、事業部ベースでの開発と現場をも含めて開発しているものとがある。システム開発のコストダウンには、多様な機能を容易に実現するオブジェクト指向の考え方が有用である。しかし端末ではなかなかそうした手法ができないのであった。端末のリソースが限られるからということになっていた。昨今の端末開発でも、まだそうした一面は残っているようだ。最近の差異があるとすれば、逼迫した部品供給条件があげられる。使いたい部品を指名できず、手に入る部品で設計することを要求される時代になっていた。であれば、ソフトウェアの開発量も減るような気がするのだが、やはりソフトウェアの開発チーム毎のコミュニケーションの悪さは業界の共栄会社依存などが要因となるのか、大同小異であるらしい。

さて、H君はオブジェクト指向の技術を物にして、こうした業界のどこへでも出て行ける実力の持ち主であると私は評価している。彼の上司もそう話しているのを知っている。自由闊達に開発に取りくんでいるかと思いきや、メールの内容は悩みが書かれていた。携帯開発のメーカーへの転身を真剣に考えていたが、こうしたメーカーでは英語の重要度が増しているのだった。そう技術だけでは片手落ちなのだ。以前初芝の入社した折に「会社をいつ辞めてもいいように自分自身を磨くことが必要だ」と矛盾に満ちた話を聞かされていたことを思い起こす。実際そうした状況に自分自身はなってしまったわけであるが、会社が要求している英語の能力を実は拒んでいるのは技術者の側ではないのだろうか。会社の言う通りに力を身につけていれば会社にとっても、自分自身にとってもプラスになるのだ。

品川の会社に移ったA君ともメールをよく交している。彼は、初芝時代の辟易した点として自分達には、昇格条件として要求された英語の能力が自分達の上司達においても要求されるべきだという点を転職した当初は話していた。しかし、彼も実際の仕事の中で英語抜きでは進まない,現在の状況を痛切に感じたようで最近では、そうしたことを話さなくなった。中つりの見出しなどによれば課長を全員平社員に戻すような話まで出ている会社もあるらしい。逼迫した中で新たな仕事の仕方を会社も模索しているようすだ。
 
H君の話に戻そう。彼は、携帯メーカーへの転職を英語のレジメと面接というキーワードで断念したようだった。確かに、ワールドワイドに仕様が共通化する中で日本という枠組みで進めてきた技術立国が揺らいでいるようにも見える。物作り、開発、いろいろな側面がメーカーにはあるが技術者としてソフトウェアを進めていく上ではシステムを考える側に回らなければ、歯車の一つに自分が思えてしまうだろう。どんなに最先端の技術に従事しているとしても主体が自分の中になければ、その仕事は楽しいだろうか。技術者としての日本の優位性はどこにあるのだろうか。グローバルスタンダードの時代に三極鉱石を発見したといってもゃはりTransistorとして原理を発表してこその技術なのだ。我々には、そうしたことが求められているし無論、アジアあるいはユーロ・アメリカの技術者と対等に付き合っていくことが今また求められているのだ。一度自分の履歴書を英語で書き起こして自分の主張をまとめてみると自分の能力がより鮮明になると思う。
 
恥ずかしいのであれば、先輩として拙い英語の発表でも聞いてあげたいと思うのだが、皆はにかむばかりだ。

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