業界独り言 VOL125 ゆるやかな時間の流れ

今日は、遠地のお客様への訪問出張である。携帯電話業界は、全国各地の開発メーカーが参入している。本日伺うメーカーもその一つである。我々が支援していくメーカーの中でも、コツコツと地道に開発されているという印象のメーカーである。寄せられる質問内容などを通じて、そのチームの実力やメーカーとしての開発スタイルなどが良く伝わってくる。ここは、決して派手ではないが、堅実な物作りのメーカーである。通信機器の専業ではないが、組み込み機器でのRFの経験はコードレスやPHSなどを始めとして取り組んでこられた系譜である。

打ち合わせの中で、私達が製品にこめるメッセージに対して、お客様からの開発に対するメッセージが返ってくる。頻繁訪問できる距離ではないが、一回の訪問で得るところは大きい有用なお客様である。地方でじっくりと開発を進めておられる会社なので自分達の身の丈にあったペースで携帯電話を開発している。この為、私達の提供するチップ全てを次々と取組むわけではない。私達がチップやソフトに対して次々と機能を追加していく流れのなかて差分をベースにした資料などで対応していると不十分であったりもする。

ゆったりとした時間の中で午後からの打ち合わせは三時間あまりを経過していた。真摯なお客様との意見交換で次の製品や展開に向けたテーマも明確になってくる。気がつくと色々なテーマについて話をしいて訪問回数の少なさをカバーするだけの打ち合わせになっていた。辺りはとっぷりと暮れてきて鈴虫の音が響く中で、タクシー待ちをしている。この地方都市の中では大きな電機メーカーでありタクシーなどもお得意さまとしているのだろうが駅構内でのタクシー待ちという地方都市特有の運用形態から時間がかかるのは致し方なかった。
 
東京に戻る仲間達とは駅で別れて、私は知人のいる近郊の地方都市への特急に乗った。近郊といっても一時間以上の旅である。中々訪れるチャンスも無いので週末近い出張でもあったので翌日を休みにさせてもらい旧交を温めることにしていた。特急は新車両であり最近の時刻表のグラビアを飾っていたものだった。二両編成のそれは途中の駅は一つのみで始点から終点までを結ぶ新鋭の特急でもあった。短い区間ではあるものの、ゆったりと端末に向かいつつ真っ暗になった海岸沿いの列車旅を過ごした。窓を叩く音から、雨が始まったのが知れた。
自由席の二両目に陣取った私の周りは、仕事帰りの人達の雰囲気だった。通勤というよりも近距離出張といった感じである。時刻表の上からは生活特急という感じもするのだが特急料金を嫌って次の列車にするために駅で過ごす人も多いようだ。麦酒片手に対面シートに切り替えて熱く仕事を語り合うものもいれば、一時の睡眠に入っている人もいる。そんな時間も普段の混雑した帰宅時の車両などを思い起こすとゆったりとした雰囲気を楽しませてくれる。

特急が終点につく頃には、夜の八時半ほどになっていた。久しぶりに訪れた駅であったが三度目ということもあり何か懐かしい感じがした。改札口を出ると、知人が出迎えに来てくれていた。少し雨の残る天気であったがまずは知人の車に乗せてもらいホテルのチェックインを済ませて、お勧めのラーメン屋ぎんじろうに向かった。知人のK氏は、高専の先生をしておられるのだが、以前は電機メーカーの研究所でマイコン用のコンパイラを開発しておられたUNIX使いでもあらせられる。

到着したのは、フランス料理を極めたオーナーが、肩ひじ張らず美味しいものを気軽に食べてもらえるようにと作った居酒屋『らーめんぎんじろう』である。ラーメン屋という分類からは似つかわしくない雰囲気はほとんど有機素材料理の居酒屋という感覚である。美味しい多彩な料理を繰り出してくる、シェフは単なるラーメン屋の親父さんではないようだ。実際、佐治さんや松下幸之助さんに対応していた大阪のホテルの料理長でもあったようだ。不思議なめぐり合わせである。私自身は、入社式のときにしか直にお会いしたことは無いのだが松下幸之助氏の背後からのオーラは凄い物であったと話が弾んだ。

通信機メーカーは、警察無線やタクシー無線などの開発を通じて戦後地道に取り組んできた経緯がある。そうした流れで続いているメーカーもあればコードレス電話やパーソナル無線といったものの登場で俄かに取り組んできたメーカーもある。事業の始まりが地道なものであったとしても、昨今の溢れ返った印象のある携帯電話業界にはそうした雰囲気を払拭するに足るいやな感覚が残る。最終ユーザーの存在を軽視した雰囲気などがそれである。

最終ユーザーとして老人達が携帯電話を使って話しをしている際に、話の中で自然とお辞儀をしたりしているのは、ほほえましい光景だ。しかし、中年クラスの方たちにはマナー知らずで社内で大声で話をされる方もいる。車両内に偶数車両での携帯禁止などが書かれていても元々そうした張り紙が眼中にないのであろう。見ようとしていない人には、いくら注意を喚起しても仕方の無いことなのかもしれない。この人達が親となって育ててきた子供達は当然それに輪をかけて、そうした観念が無いのも致し方ない。

この人たちの世代を育ててきた親たちは、戦後教育の渦中で育てられた人たちであり戦後復興を支えてきたその両親達との間に溝を作ってしまってきたのだろう。子供達に大学に行かせたいとして懸命に働く両親と、自分自身の目的も明確でないままに大学の入学競走に走ることで親からの恩義に報い様と努力した子供達。そのサイクルをもう一度回そうとした際に親として子供達に期待する両親として意識の薄さが、露見して子供達との間が乖離してしまったのが現代を構成しているサイクルではなかろうか。

こうした自分達の目的意識を持たずに育成された人間によって構成された国という仕組みはシステムとして崩壊している。先日、中村修二さんの書かれた著作を読む中で「何故、日本での交通信号機にLEDによるメンテナンスフリー化が浸透出来ないのか」というくだりがあった。官僚を中心とする自分達の仕組み維持に走る意地汚い貧相な観念で暮らしている多くの人達がそこにはいるのが原因だった。警察が自分達の天下り先として準備している儲かる仕組みとしての交通信号機は、寿命があり壊れることが必須な機能だったのだ。

夢のLEDを開発して、世の中に貢献したいと願ってきた前向きな中村さんは、こうした世の中から否定されてしまったわけだ。日本がいやになるのは致し方ない。天下りという本質をなくすためには、そうした組織の民営化しかないのだろう。中村さんは、「日本の大学入試の即時撤廃こそが唯一の解決策」と訴えている。入学が目的となっている現代社会では、それ以後の大学が崩壊してしまうのは致し方ないことだ。学生が入試のテストクリアのための技術のみに走り本質的な考える能力や意識が鍛えられていないことが問題なのだろう。

夏休みに学生に対して補習が必要というのが困った大学側の施策であるが、当然卒業後の会社にも影響が出ている。こうした成果として携帯電話業界などでの物作りの体制も崩壊してきたのであろう。考える力が、必要なのは社会においてこそ必要なのであってマニュアルやガイドブックがないと仕事が出来ないという人材では困るのである。自身の道は自分で切り開いていく、そのための鍛錬の場所が勉強するという意味での学校なのである。

大学とは異なる教育機関として、高等専門学校がある。高専と略すことも多い。私も高専卒業生の一人である。中学卒業後、五年間の教育で大学並みの専門教育を一貫して行う事で実践的な技術者を育成するというのが目的である。中学卒業の段階からなので入試こそあるが、自分のやりたいと思うことを目指して勉強していくというスタンスであれば有効に機能する仕組みである。しかしそうした「変わった子供」は私も含めて稀有なのかも知れない。何にしても創業の時期を過ごしてきた人達は苦労を積み、その渦中で経験をつんでいる。私は幸いにして五期生であり創立当時のメンバーである先輩と一年過ごすことができた。

創業・創立のときのエナジーを伝えていくこと、あるいは維持していくことには当然エナジーが必要である。面倒くさいとか、そうした言葉が出始めたのは自分達自身が五年生になるときであったかもしれない。自分達が発するそうした言葉からは、エナジー切れが露見しておりそうした流れが高専の仕組みとは別に学生達の気質への変質に繋がっていったのかもしれない。社会も高専創立の頃からの卒業学生の優秀さに注目するも創立後、暫くの時間を経て均質化平準化してきた高専卒の学生には魅力を感じなくなっていったようだ。

大学生が優秀というわけではなく、かつて入試の頃に優秀であったというキーワードを頼りに学校を選択して、その後の研究室での育成指導を考慮に入れた選別などを行い大学偏重が益々進んでいったのである。変質していく学生の流れを掴むのは会社側人事の職務であり翌年の採用へのフィードバックに有効な情報なのである。こうした結果、社会からの要求として高専の学生のレベルを高める目的のためにも高専のバックエンドとして技術科学大学という高専からの編入を前提とした新しい教育機関を創立した。最近では、高専自身にも専攻科というコースを最終学年以降に設置して学位認定にまで持ち込もうとしている。

こうした動きは、文部省の天下り先の拡大確保策であるという見方もあるようで、先の警察でのLED信号機のような弊害が起こりはしないかという点が気にかかりもする。国立大学・国立高専の民営化という声が、むしろ自浄作用として発揮されればよいかと感じている。職員の削減という施策は打ち出されていて文部省のセンスとしては、まだいけているのかもしれない。削減された職員を補填するものは外部産業界からの非常勤講師受け入れなどであろうから、それは良いことなのかもしれない。

おりしも前期末試験の最中であり、知人も試験官として臨んでいたようだ。最近では試験の前に携帯を回収するようなのだが30名ほどのクラスで15名は携帯を保有しているようで携帯のシェアをそのまま反映したような機種分類に分かれるようだ。やはりドコモの占有率は高い。ここではJフォンよりはAUのシェアが高いようだ。第三世代開発への興味は全国均一であるようだ。しかし、年度末までに大きな展開進展があるようには見えないのも事実だ。最近、よい話の見当たらないキャリアが環境対応のメッセージコマーシャルをするのは興味深い。

緩やかな時間の中で開発を進めているメーカーと、慌てふためきつつ開発を進めているメーカーとの差異は、今後の第三世代の結果に影響していくだろう。地方の方のほうが落ち着いて仕事を進めているように見えるのは、首都圏を中心とするキャリアからの物理的な距離に伴う不便さが良い結果を生み出しているのだろうか。知人の高専での今年の就職戦線については、不況の中ではあるが無事決まったらしい。緩やかな時間のメーカーへの就職が決まった学生もいるようだ。そういえば、このぎんじろうさんのお子さんも高専の学生で、知人のクラスらしく既に就職も決まったらしい。縁があるものだ。
この緩やかな時間の流れの中で、若手の学生達に講演や特別講義などもしてみたくなるのは自然な流れだろうか。ぎんじろうのシェフに最後のしめとして作ってもらったのは特製白菜キムチラーメンである。「良い素材だけを集めていくと、出来たものは意外とシンプルになる…」料理を知り尽くしているシェフならではの美味しいラーメンであった。楽しい時間を美味しい料理で過ごせたのは私の良い休暇になった。また、次回の訪問の際には訪問したいお店である。携帯電話もシンプルなぎんじろうのラーメンのような味わいが嬉しいのだが・・・。

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