台風をかわしながら

昨年に続いて、文化祭で母校を訪問した。ちょっと天候はあやしかったので傘を持ちだしての小旅行である。横浜東口のバスターミナルからは東京湾を挟んでアクアラインを経由するお得な?バス路線である。雨交じりのなかでの旅行は、高速事故の回避で、ルートは横羽線を通って羽田空港を横断するアプローチとなった。生憎と、海ほたるでの停車はないので長い海底トンネルを抜けたとたんに通過していることになる。風景が真っ白に見えるような状況の雨の中で金田海岸を目指して木更津についた。長い不況のトンネルの先が見えないといった風情の木更津の町はかってのにぎわいはない。駅前が特に寂れている感じがするのは悲しいものである。

禊が済んだと思われる、不二家で挨拶の茶菓を買い求めて学校までタクシーを駆るのだが、学校までのルートにもにぎわいが薄いのは致し方ないことだろうか。あいにくの雨の中での文化祭ではあるものの、地元の子供たちなどが遊びにきたりするのは昔と変わらない様子だった。女子学生が普通になったことや、昨今のゴスロリ服装でのメイド喫茶などを女装したと思しき怪しげな美少女たちが徘徊する魔城となっているようでもある。多くの先生は定年を迎えて、数少ない職員の方たちも来年あたりで総入れ替えになってしまうようだった。毎年顔を出しているご利益で、私はすぐに知り合いの職員の方たちと目線が交わすことが出来、しばし挨拶をすることができた。怪しげな美少年たちも当日は年に一度の父兄面接だというのだ。文化祭に両親を伴って中学生が進学相談に来るような時代になっているのは親が子供に対してかまい過ぎるのではないか。

自分で決めた進学が実務重視の高等専門学校であるならば、たとえ中学生であっても自覚の上でなければ無為な時間を過ごすことに他ならない。まあ、こんな過剰な親たちと同世代の先生が中学で教えているのならば致し方ないというべきか。「ガラスのような子供たち」と職員の方たちが評する最近の学生たちは、四年生まで進級すれば、ひと安心だとか。そこに至るまでに自覚して進路の過ちに気付いて親や教師の責任を言いだして去っていくものもあるようだ。そんなに腫れものに触るように育ててきたのだとすれば、可哀そうだけれど世の中に実務重視で巣立っていく高専のDNAを受け継いでいくことはできないのだろう。先輩でもあり、中三の時の文化祭訪問以来の関係をもっている先生を訪ねて一年分の会話をものの十分ほどに凝縮して互いの近況を確認した。

台風の余波で雲行きが怪しくなる中、気がつけば久しぶりに献血可能期間に遭遇した日本赤十字の看板で採血をしてもらい、いつも変わらぬ比重の状況を確認してお勤めを果たしてくることが出来た。さびれた駅前ではあるものの、ゆいいつあいているコーヒーチェーンが辛うじて学生がこの町や駅を利用していることを教えてくれている。バス待ちをしつつ遅めの昼食をとりつつ台風の中を逃げるように帰った。横浜についてニュースを聞くと、アクアラインも封鎖されたと聞いて判断が正しかったことを確認した。

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