VOL158 DMAが欲しい 発行2002/4/27太平洋上空にて

最近は、第三世代の電話機として開発される方が増えてきてQuad社のチップ以外に色々とMMなチップを付加されるケースが出てきている。こうしたセカンドプロセッサを取りつけると相互に通信するインタフェースが必要になる。Quad社のモデムチップとしての使われ方として通信プロトコルのみに利用するという考え方でアプリケーションソフトを別チップで動作させるという構成もあれば、特定の専用アプリケーションのみが動作する専用チップに対してデータのやり取りのみをさせるという構成もある。最近の流行りは画像処理プロセッサの搭載である。

データ通信をモデムとして捉えている限りにおいては、シリアルケーブルでPCと接続するという形での利用がQuad社で評価しているモデルでもある。日本のi-MODEやEz-Webという形で端末自身がWebBrowserを持ったりMail-Clientを搭載したりというモデルとは全く事例が違うように映るかもしれない。アプリケーションとのインタフェースが同一CPUとの共有メモリなのか外部プロセッサとのインタフェースなのかという違いでしかない。アプリケーションが必要とするCPU処理量などのバランスとを考えていくのはシステム設計の問題である。

携帯機器のシステム設計ではこうした外部機器との伝送の為に短絡的にDMAを望む声が多いようだ。アプリケーションが重いということからだろうか。かつての8ビットマイコンの雄であったZ80の普及にはDMAが有ったことが考えられている。二十年ほど前にデータベースの照会端末システムを開発した際に、分散処理する端末とデータベースエンジンをシリアルネットワークで接続するという構成をとった。イーサネット以前の時代でもありネットワークの核はIEEE488である。複数のCPUボードで分散処理を実施してトランザクションベースでデータ照会や印字業務、無線システムへの電文制御などを行っていた。今でいうPCのような端末をZ80ベースにカラーグラフィックスチップを接続して漢字画面を作り出すという暴挙を実施していたのだが・・・。

まだ漢字の扱えるPCなどが登場し始めたばかりの頃であり、専用端末として利用できるような物はなかった。カラー漢字表示・ソフトメニューキーというコンセプトで開発した端末照会システム自体はアセンブラで開発されて電子交換機開発で得ていたノウハウなどを集約して市販品として使える様々なチップセットを利用して構成していた。高速処理の為には、シリアル伝送のインタフェースであるRS-232Cの規格自体がネックになり代わりに光ファイバーを利用してチップセットで捌けそうな76.8kbpsのシリアル速度にして利用するという変な仕様になっていた。当時のRS232Cのドライバの伝送速度は19.2Kbpsまでしか対応出来ないという時代であったのだ。

IEEE488の分散ネットバスに接続された4回線収容のシリアルコントローラは電文ネットワークをポーリングによるプロトコルでラウンドロビン制御で行うことにしていた。しかし、アプリケーションデバッグに導入したスーパーカーよりも高い最新鋭のプロトコルアナライザは72Kbpsまでしか対応出来なかったのである。デバッグ途上では38.4Kbpsで行いシステムテスト段階くらいから76.8Kbpsに切り替えていくという選択が必要だった。実際に開発が完了してNECの中型マシンからZ80分散システムへのリプレースに成功した。しかし、納入案件が進んでいくと光トランシーバーが1Mbps程度を対象にしていたのに反してあまりにも低速な使い方だったために不安定になるという不具合や実際に導入したお客様の利用環境の手荒さなどからファイバーが切れてしまうという問題が起こってしまったのである。無論コストダウン要請もあったのは言うまでもない。

こうした問題やコストダウンを考えていくとシリアルインタフェースをRS232Cベースにして、グラフィックスではなく漢字ベースのキャラクタ表示端末にするという追加の開発を進めた。4回線収容基板のソフト変更をしていくと高速ポーリング制御によるレスポンス時間のばらつきよりもいつも同等な反応が得られる平行同時処理制御に代えたほうが良いという判断になり色々試行錯誤したがZ80の2MHzベースの環境では4800bpsの4回線制御がアセンブラベースでも限界であるということが判ってきた。76.8kbpsの光接続から銅線ベースの38.4Kbpsにしたのだが結局4800bpsの割り込み制御だけにしてしまった。無論IEEE488バスにはDMAが利用されているのだが・・・。お客様の評判は平均処理時間が遅くなった物の安定した反応時間が評判となり却って好評を博したのである。

さて、現在の携帯電話チップとマルチメディアチップとの接続にはH324などのデータ通信を行うためには、64kbps程度のデータ通信を行うことが必要とされる。スループットを保証するということが同期アプリケーションでは必要になりQuad社の携帯チップに接続されるさまざまなアプリケーションチップには工夫が凝らされているようだ。こうしたチップとの接続にはバス接続で割り込みハンドシェークとFIFOあるいは共有メモリという姿が見受けられる。特定アプリケーション専用のチップもあれば、「何でも出来ます」というチップだけでは何にも出来ないチップもあったりする。携帯ビジネスモデルという構成で期待される端末コストから考えていくとソフト開発コストが一番の要因であり新規要素を出来るだけ取り去るという判断が多いように見える。現実の開発現場での実情から見ると、正しくはないと思うのだが・・・。

別プロセッサとして新規にシステムソフトウェアを起こすようなシステム構成が選択されないのはそうした背景が強いようだ。無論別プロセッサでメモリが2系統必要になることを超量産を信じている経営者や技術リーダーが厳しくなる経営状況から選択できていないのも事実なのだろう。Quad社で数年前に発表した別プロセッサ構成のアーキテクチャ構成などは、時代から浮いていたのかもしれないが、自分たちで手が出せそうなそうした領域まで嫌いなQuad社と付き合いたくはないというのが本音だったかも知れない。技術コンセプトとマーケティングのコンビネーションがうまく回れば良い成果にも繋がったのかもしれなかったのだが。取り組みたいテーマを楽しく取り組んでしまっているQuad社が妬ましく映ったのかも知れない。

そうした背景となってきた組み込み端末機器の繁栄を信じている経営トップと実践している現場の間に乖離があるのも、また事実だろう。経営トップはITRONで設計できれば完璧に短期日に開発が終えられると信じ込まされている人の何と多いことだろうか。システム設計が出来れば、適用するOSや環境に応じた実装設計で解決できることをしない素人な会社集団が多いのは何故だろうか。自分たちの理解のみでシステム設計を行い実装設計に失敗している姿が日本メーカーに増えてきたように見える。同一時期に提供できる同一のソリューションを適用して完成できる日本以外のメーカーと、出来上がらないことを「APIがアプリケーションに合わないから」と自分たちだけで結論付けて、その話のみを変更要望として訴えてくる事例もある。

UMTSのCS通信でビデオ会議を実現するのは、期待されてきた当たり前の機能の一つでもある。通信機能の安定提供と性能向上を念頭に置いてシステム設計をしてCS性能の評価をUARTでPCと接続するという形で実装し評価している。CSでの64KbpsあるいはPSでの高速な要求を満たしていくためにはUSBということになる。Bluetoothでは伝送速度が不足するだろう。深い段数のFIFOバッファを持ち、USBやSIOのデバイスドライバで工夫したバッファ管理を行いUMTSのL1との親和性を取ろうとするのは当然の成り行きである。余分なデータの複写をしていては処理能力の負担がかかるからである。これは別に周辺装置がSIOで接続されようともバスで接続されようとも同じことである。

さて、ソースコードで提供されている、そうしたSIOやUSBのドライバーを見て戴ければお客様が選択した方法で接続されるアプリケーションプロセッサとの接続ドライバの開発も実は大した負担なく開発出来るのは言うまでもないことだ。開発リーダーがそうしたソースコードやシステム設計のツボを押さえていればとんでもないドライバーを開発することはないのだが・・・。さて同じソースコードを提供して、結果として同じアプリケーションプロセッサを選んだとしても開発成果に差異が出来てしまうという実情をどうみるのでしょうか。システム設計のポイントを指示せずに闇雲に高速のプロセッサを通信プロトコルの複雑さを理由に要求している我が儘なソフトウェア開発の実情が見え隠れしているようです。

64kbps以上の負担が掛からないはずの専用アプリケーションプロセッサから通信ユニット単位のデータを単にバッファリングする構造のデバイスドライバーを書いてから、通信処理の為のバッファ管理にわざわざ依頼しなおしているという姿では成功はおぼつかないでしょう。L1での通信処理を考慮したバッファ構成を取っていることを理解せずに、「このバッファサイズが通信ユニット時間のデータ量よりも小さいから大きくしてくれないか」という要請のみを繰り返す人達が、かつて本当に自分たちのみでL1を設計していたのだろうかと懐疑的になってしまう。「そんなこと当たり前じゃないですか」と云いたくもなるのだが、コンサルティングに耳を貸そうとせずに自分たちの設計方針を押しつけて仕様変更の要請のみをしているそのお客様のリーダーの姿がある。

通信プロトコルスタックの構造を理解せずに、だらだらとバッファ間のコピーとペーストを続ける姿が周辺機器との間のDMAを要求しているのだからこれは笑止千万である。「ARM7でUMTSのチップセットなんか出来るわけがない」と云われてしまう人達に向けて逆に問い掛けたいのは「設計方針が低消費電力あるいは処理効率を考えられていないのでは?」という一言である。鈍重なドライバーのコーディングに慣れきってしまった人達がコンパイラのコード効率を考えられないという実情を知り、アプリケーション性能を実現するはずの構成部品を唯々「実績がある伝統のコードです」と保全している姿が日本の開発力を駄目にしてしまっているとしかいえない。こうした事を理解しているエンジニアを異端視扱いするのであれば、もう時代は韓国・中国・インドに移っているという認識に立つべきである。中国人技術者達が日本語を学び日本では異端視されている技術者達のノウハウを自分たちの物にしたいと考えてきた世紀末から、新世紀ではバトンは渡されてしまい彼らが日本語を学ぶ必要は無くなってきたと云えるのかもしれない。

カメラを搭載して、ビデオテレフォニーを実現するというのが第三世代携帯電話の唯一のアプリケーションであると信じて疑わない人達が居るのと、明らかな機能上の差異をつけて需要を喚起したいという考えの人達がいるからだろう。動画メールは楽しいかもしれないが、二人の世界に浸って話をしたいもの同志がテレビ電話を始めたら、ますます電車内でのモラルが低下するのは必定である。彼氏や彼女の顔を覗きたいという輩もいるだろうし、周囲の声が入る程度、端末を前に出さないと通信出来ない現状を混んだ電車のなかで展開しまいかねない現状から、結果として繰り広げられる死闘について考えたくは無いのである。

使われ方を特定の程度の人達に限ってしまうと否定的になってしまうかもしれない、しかし英会話のレッスンや社内同志のビジネスでの通信には、良いかもしれない。互いに言葉を交わさずに黙々と電子メールを確認している風景は、一面静かだがカチカチというキー操作音に電波を感じて医療安全を危惧する人達は、声をあらげて注意する方もおおいようだ。この双方の組み合わせによっては三軒茶屋の悲劇などが繰り返される姿を容易に想像できる。横浜駅の夕方の風景ではそうした喧嘩が普通に見られたりもするものだ。

まあ、使う方の感性や常識が益々求められる第三世代携帯を使えるだけの社会にはなっていないようにも思うのだが、子供を躾けることも出来ない母親から逆に騒いでいる子供を叱ると怒られたりするのが現実なのだから致し方ないだろう。端末が開発され、エンドユーザーに品良く正しく多彩な使われ方をして世の中の為になっていくと信じて仕事をしていくしかないだろう。自分の仕事のみに邁進している感性の大人たちが、サボってきた社会人としての責任範囲の行動のツケが巡り巡って自分たちに降りかかっている。

果たして第三世代携帯電話というバブルを生み出してきた世紀末を越えてきた訳だが、開発する能力もなく、またでき上がった先進のアプリケーションを使うに値しない堕落した精神文化の上で転げ落ちていく日本の実情を哀れに思う。閉じこもった島国文化というスタイルをまた繰り広げている限りには、技術鎖国という状況で崩壊している実情を認識して精神としての鎖国を解き放っていく為にも肥大した世紀末のまま過ごしている政治の状況からは何も産み出せないのかもしれないと感じる。この日本に第三世代携帯を論じる資格はないのでは無いだろうか。鎖国を続けるのであれば、簡単な解決策として余っているバンドをPDCに解放するという事があるのだが、それも出来ないのだから・・・。

VOL157 L君と中華料理 発行2002/4/24米国にて

 Quad社の日本オフィスに中国人のL君が加わった。上海出身の彼は復旦大学から日本のメーカーでWCDMAの開発に三年間携わってきたDSPの技術屋である。弱冠27歳という彼は、YRPで の技術者生活を通じてW-CDMAのLayer1の知識やDSPによるシステム開発力を身につけてハードとソフトと開発ツールの板挟みを経験したうえで日本語の会話と読み書きを身につけてしまったという。欲しいと思える人材である彼がQuad社を選んだ背景はといえば、YRPでの日本メーカーでの開発で、これ以上のスキルアップを望めないと感じ日本オフィスのホームページで打っていた求人フォームを見つけての事だった。求人活動として、ヘッドハンターからのレジメ応酬などをさんざんやってきた挙げ句に、なんとほしい人材が自分から入ってくるというのは人生の妙だろうか。ヘッドハンターから紹介されて職に就いた優秀といわれる方の事例などと対比すると意識も含めて中国人の彼にはすごみを感じる。やる気が違うのだ。最近、日本事務所で募集してきた採用活動の成果でみるとお金の掛からない形で入ってきた人たちの優秀さが目立つのである。自立した技術者という姿が日本人技術者には見当たらないようにさえ見える。そんなL君が研修で米国に渡米してきた。この瞬間日本事務所のソフト技術者全員がサンディエゴに集結してしまったのである。中国人の彼が米国の会社に勤めるためには、米中の間にある課題も含めて手続きが難航し時間が必要となる。四ヶ月から半年かかるといわれている。また中国籍の彼は米国への研修渡米であってもビザの発行が必要となり、つくづく日本との立場の違いを感じるのである。彼は、弊社へのジョイントが決まってからまる三ヶ月という驚異的な短さで米中間の手続きを終えることができたのは類まれな幸運の持ち主ともいえる。しかし半年以上収入がないという状況を待ち続ける気概は彼の物である。

Quad社日本オフィスにとっての彼の登場は、昨今の中国市場を見据えた上で北京オフィスとも合わせた形で日本メーカーの支援という意味においても大きなアドバンテージとなる。又、トリリンガルである語学の堪能ぶりやW-CDMAでの組み込み経験なども即戦力として評価されているのである。そんな彼が加わり、文化の違いなども含めて考えさせられることが出てきた。初渡米の感想はと聴くと「ロサンゼルス空港が汚くてがっかりした」「ホテルの食事は食べられたものじゃい」と歯に衣をきせない切り口である。

彼が、到着したその日の夕食は日本のお客様とたまたまサンディエゴであったので会食をし、純アメリカ調のボリューム満点という料理であった。ボリューム満点で残すのを普通としている米国の姿は、そのまま結果として日本にも導入されてしまっている。ただし米国ではドギーバックに詰めてもらうのも文化であり、逆に日本ではそれははしたないというような印象がある。中華料理でもアメリカンな料理でも詰めてもらう風習は、見習いたいと思うしそうした際に「だってもったいないじゃない」という言葉を米国在住の姉からもらったりすると、そうした文化を受け入れてきた集大成もアメリカなのかも知れないと感じた。

日本で、残した物をそのまま捨てるというだけのスタイルとして取り入れてしまっているように見えるのは嘆かわしいことだ。L君は、日本食は、まだ食べられる対象のようで、こちらで寿司屋にいくと「納豆巻が食べたい」というくらいだ。彼は運転免許がないので、こちらのでの研修期間の最後に独りで残る時には食生活が不安であった。日本食やアジアンフードを食べられる町は車で高速を走らなければまともな店に到達しないからだ。ホテルに隣接している中華レストランは米国人には人気なのだが彼にとっては「あれは中華料理じゃない」と食べられない様子だった。そんな彼に通用する中華レストランを見つけたのだが、「ここのは美味しい」と絶賛であった。しかし問題は町から離れていることだった。

組み込みという世界とPCのようなアプリケーション世界の狭間にいるのが現在の携帯業界なのだが、具体的な市場はどこだろうかというと今一ハッキリとしないのが実情だ。携帯バブルという言葉が横行しているようだが、はっきりとしているのはこれから売れていこうという地域が本来の主戦場であって、それ以外の場所はビジネスが成立するのかどうかというベースで見ていかないと始められないというのが実情のようだ。通信キャリアの指導の元に繰り広げられてきた携帯未来は、今、色あせて見える。開発費用を湯水のように掛けられた時代の付けは明らかだ。主戦場を担う開発技術者もどうやら日本では無くなっているようだ。第三世代携帯で先陣を切っていたはずの姿と符号しないのは何故なのだろうか。

物を着実に仕上げていくという流れのなかで、仕様自体に目的と照らした際に矛盾が見いだされるシステム仕様の枝葉末節にこだわり柔軟性を欠いたシステムを作り上げてきた通信キャリアへの審判が下るのは遠くない未来だろうか。何処でも使えるシステムを目指してきた第三世代通信システムは互いの開発成果をごり押しする仕様変更の戦争の渦中にあるようだ。「弊社のシステムは安定に稼働しているのを見て戴ければ判りましょう」と拡張性のないシステムを正当化している処もあるし、懸命に先端の仕様を追求している実際の技術者が L君のような中国人技術者だったりする。遅まきながら登場した北欧の巨人軍達の重たい腰を見ていると日本だけが性急なバブルに躍らされてきたというのも頷けるような実情がある。

政治的な背景で、チップ戦争を仕掛けるものもいるのだが実際のプロトコルやアプリケーションをまとめているはずの先進メーカー達からの成果が何も出てこないのは何を意味しているのだろうか。デュアルチップでもOOPなOSでも構わないのだが、仕上がってこないという実情が一切公表もされずに提灯記事のみが横行しているのがメーカー技術者の眼を曇らせているのだろうし、また日本企業の技術者と開発プロセスあるいは人事評価などの仕組みとの軋みが余計に悪い方向に向けているとしか思えない。それでも湯水のようなリソースを掛けて開発完了という妥協点に向けて突き進む姿が見られていたのも今年が最後になるのだろうか。

第三世代が離陸する以前に、自ら第三世代システムのシステム設計に欠陥があったと反省する方向を見せて土壇場で独りだけいい子ぶりっこをして責任回避に走ろうとしているような 姿もある。間違っていたのを認めるのは良いけれども、バブルの責任者という認識はないようだ。次々と新たな技術開発や発表があるものの、どうも次世代の商品開発を手がけていくという姿は日本メーカーでは無くなっているように見える。最先端のはずの相互接続性試験の現場で起こっている姿を公表出来ないのは、煽ってきたマスコミ自身の反省あるいは責任の一端を感じているからなのだろうか。

世の中には嫌われているメーカーが幾つもあるだろうが、Quad社もその筆頭にあるだろうと意識している。しかし、その一方でQuad社の技術者達が実に素直に次々と着実に開発しているという姿も事実として認識している。先年、ほぼライバルとしての使命を終えさせてしまった会社は、やはりマイコンチップメーカーのガリバーに買収されてしまったのだが実際の仕事という点では未来が書けないでいる。サボテンの会社も一緒だ。よいといわれるアーキテクチャーでの商品開発が終わらないのは携帯バブルではなくて、携帯バベルの塔となっているからだろう。そんな実態を認識せずに、広告に躍らされて一喜一憂する救いようのない経営者もいるのだから仕方がない。

携帯バブルの渦中で技術を蓄積したアジアの技術者達が自国の市場に向けて、携帯バベルからの脱出を限られた言語で着実に仕上げていくのは、予定される未来である。期待する未来とは、明らかに異なっているのだが現状から見える姿を正しく認識するしかない。今、韓国や中国の技術者達と伍して対抗していける気概が日本の疲弊した技術者に残っているのを期待したいのだが、無理なのだろうか。やりがいのある仕事を探していたらユニクロの縫製工場でミシンの音を聞き分けて縫製工場の品質管理をしているという年配の日本人技術者をテレビで放映していたがソフトもハードもそうなのだと思う。実際Quad社で開発に当たっている技術者たちはそういう環境の技術者も多いのだ。

スタンフォードを出たばりばりの日系人としての技術者もいる。彼は高校から米国にいる事もあり感性も含めて日本人とはいえずねっからの米国人になってしまっている。とすると、日本人を駄目にしてる教育制度の根幹は高校大学ということになってしまうかも知れない。今は、若き技術者達であるL君らを指導していくことは私にとって気概のある後輩に教えていくということが望まれている天職のようにも思えてきた。家族を大切にするという、生活基盤の上で仕事を進めていくというスタンスは米国人も中国人も一緒なのだが、何故か日本人は違うようだ。滅私奉公という姿を良しとしてきた世代は、そうした会社の精神洗脳により会社にとっても有り難くないずるずるとした盲従の輩となっているようだ。

L君との仕事などを通じて中国語も学び、家族を守っていくための仕事を続けていけるよう努力を更に重ねていかなければならないと感じている。そのためには、まず家族との生活を第一にするということを実践していくことだろう。先週の水曜日には米国でのトレーニング出張から帰国して成田から大阪のお客様に直行して翌朝から一日特別トレーニングを実施支援した。合流した米国の仲間たちと大阪のインド料理屋でトレーニング達成の労をねぎらい、翌朝には早いのぞみで東京を目指しトランクをオフィスに預けてから嫁さんとそのまま二泊の旅行に東北へいった。

二人の目指す先は互いの気に入っているフォークデュオのコンサートだ。生憎と横浜のチケットが取れずに盛岡のチケットが取れたのだった。今どきの若者にも通じるフォークソング調の彼らの歌は、夫婦と聴衆達の一時の意識を共有できて毎回楽しみとなっている。一足早いゴールデンウィークばりの好天の中、春爛漫の山田線を宮古まで往復して海猫と戯れたり海の幸に舌鼓をうち楽しんだ。月曜日にはようやく自宅に帰り着がえのみを用意して翌火曜日には会社でチケットを受け取り成田へ直行した。そして、いま二日目のお客様の支援作業を終えてサンディエゴでメールを書いている。支援作業でサンディエゴまで来ていただいたお客様は、週末からは欧州で相互接続性のテストの旅に出かけられる。

PDCとUMTSの双方および更にGSMやHDRをカバーするチップセットとソフトウェアという環境が提供できる段階に入りそうな予感もあるのだが、考えれば考えるほど日本のPDCが足枷になっていると感じるし、日本が破綻せずに続いていくと考えていく上ではPDCが必定という妄想にも捕らわれてしまう。生憎とQuad社には無いPDCというソリューションではあるが、同様に嫌われる半導体メーカーと組んだり出来れば解決してしまうような画期的なソリューションの可能性もある。そんな妄想に捕らわれてはいけないと自分自身の妄想をかき消そうとしている。だんだん日本人では無くなっていくような気もするのだが、やはり日本人だからこそという思いが強くなってくるこの頃である。

VOL156 携帯電話はビジネス用電話の夢を見れるか 発行2002/4/15米国にて

チップビジネスからソフトビジネスへQuad社としてのビジネス展開も変わりつつある。ジョイントしてから三年になるが会社としての開発プロセス自身が変容しているのを感じる。チップを動かすためのソフトという感じの会社から、ソフトを動かすためのチップ開発をしていくという感覚に近づいているようだ。無論まだ若きGuru達が積み上げてきた資産の発展的継承は受け入れつつというのがミソかも知れない。とはいえ、10年あまりのチップならびにソフト開発の歴史がソースコード上にシンボルの再定義という形で表れている。

移動電話システムとして、今では台数あるいは契約者数という観点からみれば圧倒的に携帯電話が占めてしまうだろう。あるいは家庭用コードレス電話も含めてという見方をすると、まだPHSシステムもかなりの台数にかるのかも知れない。業務用というジャンルでの通信システムが別途存在している。表題のDMCAと呼ばれるシステムもその一つだ。電話というには抵抗のあるプレストーク通信という所謂「こちらヒューストン・・・どうぞ ピッ」という半二重通信が主体の通信である。

同時に話せないという特質は、ある意味で使いにくいかというと実は、そうではない。会話というものは同時に話をして成立するものではないし、同時に話をしているという状態は喧嘩か過熱した討論のようなものであり相手の事を聞いてはいないという状況なのである。無論、皆が聖徳太子の如き能力を持ち合わせているのであれば別だが・・・。半2重通信として最近の人でも理解しやすいのはチャットであるかもしれない。AOLやMSNなどでサービスしているチャットはインターネットでも人気のサービスと言えるだろう。

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VOL155 開発中止は是か否か 発行2002/4/7米国にて

「外資の会社生活はどうですか」と良く聞かれるのだが、何と答えてよい物やら・・・。上司と暫くあったことはないし、互いに認識するのは電子メールのやり取りだけである。先日も期末となり自己成果報告と反省点やらを自己申告し、部下から得た同様の成果報告を受けて内容を吟味したうえで報告をする。私自身の部下とのレビュー時間は、というと既に部下自身が先に米国に出張しているので向こうで時間を取って行うことになるだろう。部下との接点はお客様の支援を通じての指導という事になる。最近自宅からも十分作業が出来るようになった事もありADSLを引いた仲間も併せて横浜線沿線にサテライトオフィスをという話も出てはいるのだが、都心在住の人間もいるので足並みは揃わない。

Quad社での仕事の柱であるチップセットの為の基本ソフトとオプションソフトの開発提供である。基本ソフトのリリースをすると合わせたオプションソフトと統合をした版のリリースが少し遅れて為される。開発途上向けの評価リリースと製品向けリリース自体は予め日程を決めている。テスト期間をテストチームとの打ち合わせで所用テストサイクルを含めてテストチームにまずリリースが行われてテスト結果と併せてドキュメント整備がなされてお客様に配布するという手順である。当初決めた以降にもパッチとしてリリースが行われるの出が、これらのベースになるのは日常の自分たちのテストでありユーザーからの問い合わせなどから見いだされる機能改善などである。

お客様とのサポートのやり取りで発見される問題点はアプリケーションとしての使い方から見えてくるAPI間のインタフェースであったりすることもあり想定していたテスト項目では網羅出来ていない事もある。既にテストチームに引き継がれた状況下では緊急に盛り込むというフェーズが無いのはプロセスの回し方として決めているからに他ならない。ソースコードへの訂正反映ということはバージョン管理も含めてタイムリーに為される為に個別のお客様には個別パッチリリースとしてファイルや修正箇所がメールで送付される。まあ色々なお客様の内情が見え隠れするのがこうした時にある。

しかし日本の機能リッチな携帯電話を仕上げていく上でプラットホームとしての修正が入るとメーカーにとっては上へ下への大騒ぎとなるようだ。問題提起をした、そのメーカーには個別修正情報が既にメールで送られている。昨今の差分機能などが優れたエディタを使えば、修正の挿入や管理なども含めて容易に出来ると思うのだが、そうした作業の精度についての責任を嫌う風潮が生まれているようだ。昨年の回収劇などが影を落としているメーカーだからかも知れない。そのメーカーの技術トップからは「正式な修正リリースをしてください、そうでないとキャリア向け製品への修正適用スケジュールが組めません。」と、こんなやり取りがあった。

弊社のマルチメディア機能をまとめるリーダーとやり取りをすると「懸案事項がまだあるので修正が全部は用意出来ていないので、それが判明すれば二日程度で正式リリースが出来るだろう」という状況が判明した。この事をお客様に伝えるとそれでは回答になっていないと言うことになる。懸案事項となっているのは仕様を拡大解釈したお客様が思ったように動かないという問い合わせだった。電話やメールで担当者とコミュニケーションをとる事で解決をみた。懸案事項が無くなると自動的にリリース要請に基づいて週末にはリリースが成されて翌週始めにはメーカーにCDROMとして届けられていた。これで解決を順調にみた筈だった。

技術トップと現場技術者の乖離という話は、日本メーカーに限ったことなのかどうかは不明だが日本人技術者の気風としてはトップの指示待ちするでもなく納期に間に合わせるために作業を自発的に進めていくという気質があるようだ。先のお客様からの強い要請に基づいてリリースされた修正版であったが、そのお客様の現場からは別の要請が届いた。「既に一つ前の版でシステムテストをしています。今回の版をちょっと入れてみましたが不具合が出ました。戴いた物を修正を吟味して入れ込む時間が無いので、この一つ前の版に弊社で依頼した修正のみを加えた物を出してください。時間がありませんので宜しくお願いします。」・・・。絶句である。お客様の中での論理が破綻しているので本社のリーダーにとっては理解の範囲外である。それだったら自分で出来るだろうし、そうした作業をしたくないという方針はどこへいったのか・・・。このメーカーでは現場が確信犯なのかあるいは、トップが何も知らないからなのかは判らない。一機種の開発に100億円以上かかりますからという内情を聞くと大きな慣性モーメントで動いている様子が伺い知れる。

世の中にはない新規通信システムの方式や基地局と端末開発を一切合切委託をするという景気の良い通信キャリアがある。数十億円の開発費用を捻出してくれるという事が、昨今の状況では、この上なく恵まれた状況なのかもしれない。W-CDMAの開発に集中投資しているとみえる世の中の状況において、他の新方式を開発しているという余力のある姿は流石だと感心する。次世代携帯に向けてOFDMなどを追求していく事もビジネスとは別に進めていくべきではあろうが、現在のビジネスを支えるコスト力の追求と併せて行っていくことこそ必要であろう。開発していくテーマの意義を良く考えてビジネスとしての勝者を考え撤退する勇気も必要であろう。

通信キャリアからの開発費用やらメーカーや許認可を得た総務省との政治的な繋がりなどが、ビジネス上あって撤退できないという意見もあるだろう。開発を終えて実用化するまでに至る目処も含めて、自身の中に確たる物があればそれも結構な事だ。携帯バブルを見越せなかったという経営トップがいる。他方、現場技術者では感じとり起こるべくして起きたという意見もあるようだ。各現場レベルの方々が起業家精神を発揮したCEOとしての見識を持っていれば舵取りを変えられたのかもしれない。意見具申をしても舵取りをしない上司や会社の流れを見限って移っていく技術者こそ流出させてはならない技術者のはずだ。どこかの会社の人事研修で聞かされた記憶のあるフレーズだが・・・。

開発費用という経営上は将来投資として位置づけられていた費用も、現在のビジネス状況下では絞り込まれているようだ。そんな時に鉱脈を見つけたような外部機関からの投資申入や開発費用の提示があればホイホイと乗ってしまいがちなのかもしれない。そんな費用こそ余計に、責任が重くのし掛かってくると考えるべきであり、クライアントの耳心地の良い甘言を弄して自分としては納得の行かない開発をスタートさせていくべきではない。バブル絶頂期の都市博覧会の中止の跡地は、ある意味でそうした事を反省を促すモニュメントであると思っているのだが。相も変わらず続く経済復興へという各種展示会などの中でこそ有効に使えるような仕組みを考えていくべきだろう。

メーカーとしての意識や技術経験を持って今の現状に立脚してみると、いくらでも失地回復のチャンスや方法はあるのだ。しかし、それを遮っているのは今までの仕組みを変えようとしない自分たちにあるのだとは感じていないのだろうか。期待される自分という鏡をおいて参照してみた時に、そうしたことを同様に部下からも見られているべきと理解すべきである。戦後の日本の中で構築してきた復興メカニズムが代替わりする中で仕組みとして醸成ではなくて腐乱しているのは政治の舞台だけではない。政治の裏で動く経済の仕組みが互いに馴れ合って助長しているのだと感じる。

誰か、不要な開発を止めて、真の意義ある開発に向かってナビゲートする気骨ある技術者やリーダーは居ないのだろうか。開発現場では、開発効率が大事といって鈍重なコードを大事に抱えている。個々のアプリケーションが抱える無駄窮まりないライブラリの重複など含めてスッキリとした開発スタイルとしてアプリケーション同志の連携なども考慮した構造に移行すべきだ。もう通信プロトコルの開発費用が重いのではない。端末として仕上げる仕様同志のスパゲッティに絡まっている人達が多すぎるのだ。主客転倒した開発のバランスを立て直すためには一度破綻した方が良いのだという辛口の意見をいう人もいる。

では、立て直すための建設的な意見はあるのか、といえば幾つかのプランがある。ソリューションをチップやソフトで売るメーカーだからだが・・・。とりわけ目立った物ではないが公平にみてまともな感性のプランがある。日本という特殊事情の中にいると国際的な状況下での背景とマッチしない事情がある。当然、Quad社のチップが100%マッチするわけでもない。特殊仕様の無線端末という分野に対しての回答はCDMA2000あるいはGSMあるいはCDMA-1X-EV/DO、W-CDMAという事になる。あるいはこれらのコンビネーションでカバーしていくというのがインフラあるいは方式としての解であり、これらにアプリケーションとしてgps機能やIPベースのグループ通話機能などといった物が挙げられる。アプリケーションの観点から各種の通信仕様をカバーするためにプラットホームのAPI整備を行なう時代に入った。GSMとWCDMAは当たり前にしてもGSMとPDCをやるメーカーが出てきても良いと思うのだが・・・。

自社でIP交換機などの開発を持っているのであればボイスオーバーIPでボイスメッセージが内線から行えるようにもなるだろう。ボイスメールOverIPは最も簡単で有効な活用方法になるだろう。電子メールでの応用も当然だ。最近ネット接続型の監視カメラが評判である。常時接続の環境では、WWWサーバーを内蔵した小気味の良いこの監視カメラを開発している人たちの心意気が評価される時代でもある。Quad社も負けては居ない、すっピンのベアボーンキットのような電話機であってもQuad社で開発したプラットホームは、アプリケーション開発を正に容易にしてくれる。現在の携帯アプリケーションを捨てて書き直すことも、あるいは受け入れることも出来るが実際は書き直すことで想像以上の開発コストダウンと品質向上が得られるだろう。今のままではWindowsパソコンでN88Basicを動かして既存のソフトを動かしているようなものである。

アプリケーション連携という観点で動作しないゲームアプリケーションがあったとしてもイベント配送管理とアプリケーション管理の仕組みから着信メールや位置情報問い合わせなどのハンドリングが対応するアプリケーションに送られて現状のアプリケーションの中断・アプリケーション切り替えが行われる。複数の通信プロトコルや方式をカバーしていく時代の要請もありアプリケーションと通信方式でのイベントのマッピングはよりダイナミックな物が必要なのである。全てW-CDMAに切り替わるなどという事を信じている人は居ないと思うが・・・。

既に欧州においては、W-CDMAに行かない通信キャリアがある。正確には3Gバンドのライセンスを持っていないからだ。800MHzのままでもっとサービスが変えられればというのが彼らの思いでもある。GSM交換機ネットワークを変えずにサービスが拡がらないだろうかという要求に応える用意も出来ている。調和という事を重んじれば、こうしたニーズをCDMA-1XとGSMネットを接続する交換機自体が開発完了しているのだ。ESMRを運用しているNEXTEL社がCDMA1Xへの移行決めたこともそうした交換機側の誕生を助長させたのである。実はESMRの交換網はGSMベースなのである。この調和を重んじたプロジェクトは、日本メーカーの考えの調和を乱したインパクトは大きいようだ。

お客様の持っている資産に併せて提供していける回答を多種多様に提案できるのかどうか。又、その答えとして開発投資も含めて十分な評価を行なったものを確実に低価格なソリューションとして展開出来るのかどうか。こうしたビジネスの視点を忘れて自己本位な、開発を進めていくのは確信犯 の技術者のエゴイズムだろう。W-CDMAのチップ開発からサービスベースの第三次産業に移行しようとしているチップメーカーなどの動きをみていると、彼らは夢から覚めて現実を直視しているように見える。さて、通信機メーカーが物理的な開発をし続けるべきという第二次産業的な視点から第三次産業的な視点に移っていけるのかどうかが鍵なのだろう。

第二次産業として捉えている製品開発というテーマそのものが、既に無線機の開発というものからは大きく逸脱しているという正しい認識を持つことが出来れば落ち着いた曇り無き瞳で見ることが出来るのだろうが。一機種の開発に50人足らずのソフト開発体制で苦しいんですというメーカーも堂々と次々と開発が出来ていくようにアプリケーションが流通していく時代に入ろうとしている。こうした動きを疎外しているのは実は日本メーカーの技術者の狭量ゆえだろうか。誰もが日本のメーカーや通信キャリアの仕様による端末モノ作りに喝采を送っている訳ではない。そうした一端を垣間見る立場にいる自分は辛いものがある。以前勤めていた日本企業で学んだ企業哲学からは何一つ外れていないと、外資の会社で暮らしつつ感じるのが不思議である。

VOL154 思い当たることは色々あるが 発行2002/4/4

システムが複雑化してくると、原因が中々見えなくなってくる。我が家でも光ファイバー導入に伴い、フレッツISDNのISDNルーターからONU接続のPPPoE対応のルーターに切り替えた。もともと家庭内LANはプライベートアドレスを付与して構築してきた。プロバイダの接続で 得られたGLOBALアドレスはNATで共有している。DNSはプロバイダの物を受け入れる。この為に各クライアントPCはDNSの設定はルーターのアドレスにしてあった。二月の開通と同時に切り替えも順調に推移してきた。

各階でのアクセスをローミングでスムーズに出来るように802.11bの無線LANに切り替えたのが以前のインフラ整備第二期の工事であった。この際にIPアドレスの範囲を定める計画を立てた。プライベートアドレスの範囲ではあるもののDHCPの対象範囲と固定設定の二つの範囲を設けて当時のISDNルーターの使用方法を変更して行っていた。光ファイバーが設置されてからは、第三期工事としてルータの更新が為された。同一の運用で始めた物の自宅ドメインという取り組みを考えていくと全ての設定はDHCPサーバーの設定で集中管理することにした。どの端末を固定アドレスにするのかも自在になった筈であった。

運用を始めて一ヶ月が経過していく中で細君のパソコンが不安定であることが判ってきたのだが、理由は釈然としなかった。すべて計画的に進めてきたはずでスムーズに稼働しない理由は、ハードならびにインフラから考えても不安定な要素は微塵も感じていなかった。同一環境で利用している自身の感覚からいっても細君の利用している電子メール環境について疑いが掛かったのである。かねてよりWindows98で購入したパソコンであったが不安定な理由はOSにあるものだろうとしてWindows2000への移行も終えていた。しかし・・・

怪しげな理由は、幾つかあり細君の使用しだした当時は、インターネットというまでもなくNIFTYServeである。AOLに触発されたNIFTY-Managerを導入して利用していたのだがもともとがWindows95時代に併せて開発されたものであり細君も以前のデスクトップではモデムで利用していたのだ。インフラ整備が進む中で、モデムからISDN-TAへの移行で接続が速くなったというのが細君の素直な感想だった。ISDN接続から無線LANベースに変えてもアクセス速度は変わらないので配線が電源になったのみである。

同様な不安定さがインフラ面から出た事があり、この点については自身も感じていた。二階においた無線アクセスポイントとの接続が出来なくなるという現象に遭遇していたからだ。そうした不安定要因を拭い去るために各階を有線LANで結ぶ工事を行い各階に無線アクセスポイントを置いたのである。移動しても利用可能なシステムが構築出来たのである。インターネットアクセス環境も光ファイバーに変更したし何の不安要素も無いはずなのである。自身の感覚も非常に安定になったと感じていたからである。

不安定さ加減については、あまり以前と変わらないとクレームを呈する細君からの意見については、では一体何が理由なのか疑り出すと、相違点から割り出していくとパソコンハードは抜きにして設定などから見直していくことにした。DHCPベースに切り替えた際に気になったのはDNSの設定である。自宅サーバーをドメイン登録した為にDNSの運用が二重系統になったからである。以前の設定はプロバイダのDNSをそのまま利用するのでルータをDNSサーバーにするIP設定としていたのだった。DHCPのフル活用という段になりDHCPサーバーからDNSについても指示割り付けするように修正した筈だったのだが、細君のパソコンは漏れていた。

自宅ドメイン運用に向けてレンタルサーバーからのスムーズな移行を考慮して二つ目のドメイン取得をしていた。techno-web.orgではなくてtechno-web.orgである。最近ではセカンダリDNSを無償で引き受けてくれるサービスサイトもあり、ここに依頼をした。DNSサーバーにしたのは旧型のPentium200MHzの大きなデスクトップであり96MBのRAMという状況だがLinuxである限りは、そこそこ動作しているのである。以前の会社でイントラネットでやった経験からも十分だと感じている。最新のLinuxではBINDと呼ばれるDNSソフトもこうしたSOHO環境をサポート出来るようになっていて外向きDNSと内向きDNSの二つを同時に動作してくれる。

これにより細君のパソコンからもTechno-web.Orgをアクセスして自宅サーバーのページがよめることを確認した。これでDNSが問題だったのかどうかは翌日には判定が下るはずである。DHCPサーバーはルーターで行っていてDNSの設定はDHCPクライアントには自宅DNSと外部委託先のセカンダリDNSとが登録してあったのだが、細君のPCが直接ルーターを参照していたのでルーターがキャッシュしていたアドレスがおかしかったのかとも思いルーターについてメーカのサイトをアクセスすると同様なバグと思しき改変履歴があったのでこれも併せてダウンロードして更新しておいた。

翌日になると、やはり芳しくないという結果報告だけを突きつけられて何だか会社でメーカー支援しているときの情報収集がうまく行っていないケースを思い出させてくれていた。差異について追求してみるとPCがもともとWindows2000用ではなかったことからメーカーサイトを調べるとBIOSの更新が必要という記述があった。これかも・・・とダウンロードしてWindows98で作成したBIOS更新用のシステムフロッピーでフラッシュ書き換えを行った。しかし、翌日になってもうまくいかないという評価報告を受けて万策尽きたと考えてクライアントソフトであるNIFTYManagerがWindows2000に十分対応出来ていないのでは考えた。

細君にとっては日常使ってきたソフトであり、彼女としては確固たる実績があるので別のPOP3ベースのメーラーへの切り替えは難色を示したし、彼女の考えはNIFTYManagerに問題があるのなら、もっとプロバイダーから連絡が来るはずだというのだ。お説ごもっともだが、今は切り分けもしたいので、適当なメーラーを入れることにした。まずOutLookは即却下という判断がなされた。昨今のウィルス騒動の渦中にいるからに他ならない。Quad社で扱っているユードラも案があったのだがフリーで使えるはずの版が何故か日本版としては無くなっていることが判明したので様子見の為に買うことはないので結局Almailにしたのである。

彼女の保有していたアドレス帳をNIFTYManagerから写してAL-mail環境にセットアップした。POP before SMTPでサービスしているNIFTYの最近のインターネット的使い方についての知識が不足していた為に受信ができるが送信出来ないという壁に当たり30分ほどロスしたものの検索解決をみた。アドレス帳の中身に気になる物があった。Fで始まる数字列である。これは所謂FAXサービスである。さすがにこのサービスはインターネット的使い方からは支援されていないようだった。となるとこの送付先についての取り扱い方の確認が必要だったが、FAXは、これからは使わない予定だから・・・という返事の節々にはなぜサービスが低下するのかという疑問符がちりばめられていた。

決定版と思われた環境をセットしていく中で、メール本文の編集をしているなかで文字抹消が出来ないことを指摘された。確かにAL-mailで文字抹消が出来ない。相性もしれないと組み込み編集機能から外部エディタであるNotePadに設定してもおかしい事に変わりはなかった。なんとキーボードがおかしい様子なのだ。余っていた外付けキーボードをつけてみるとほぼ解決したのだが、パソコンを再起動するときにぴーぴーと雑音で悲鳴をあげるのである。どうも何かのキーが壊れて連続押下状態になっているようだ。キーボードユニットを外すことで解決を漸くみたのである。

NIFTYManagerも、そのほかの設定も彼女の使いにくさや不安定という現象にとってはなんの問題も無かったのかもしれない。早速キーボードユニットの発注をメーカーに行うと納期回答からは私が米国出張している時に入荷するようすなので当面小さな適当なキーボードが必要とするようだった。ラップトップに大型の106キーボードを接続するのは不細工だし液晶画面から離れてしまうのは使いにくいものだし。USB接続の小形キーボードを探し出してきてこれが丁度キーボードを外した上に乗せることが出来る大きさだったのでこれを当面使う事にしたのである。

キーボードが壊れたのは久しぶりの経験でありハードは壊れる物ということを再度教えてくれた。以前キーボードには凄い経験がある。データベースへのマルチターミナルシステムを開発納入したことがあったのだが、この会社では夕方になると動かなくなるという端末があるというクレームを現地で受けていた。どうも話によるとその端末を誰か特定の人が使っているとと動かなくなるらしいということだった。現地で別件で様子見をしているとEnter-Keyを肩口まで振り上げた指を一気に振り下ろす打鍵スタイルの御仁がいたのである。彼は、もとライオンズの捕手だったらしい。「強く叩けば、データが速く入ると信じていたのだ」

おかしくなったキーボードを確認すると確かにキー入力がおかしいので、ケースを開けてみると内蔵のキー入力マイコンの足回りのはんだ付けの色が悪いのである。この強肩での強打によりキーボードに内蔵されたマイコンのはんだ付けが接触不良を起こしていたのである。はんだ付けをし直して適切な色のはんだ付け状態にすることで解決をみたのである。最近のチップセットの数多いピンが適切にはんだ付けされて品質を維持できるのかどうかという問いかけには、まだ少しそうした不良モードも残されているのでは思い返しもするのである。

当然、そこまでの打鍵操作をするようなお客様にとってはマイコン以外にも接点そのものが壊れてしまうということが想定されるので、その後ハード担当者は「壊れないキーボードを 見つけたよ、何故ってこのキーボードは静電式なので接点はもともと接触しないんだ」と意気揚々と導入したのだが、このキーボードもあえなく轟沈してしまった。理由は、キートップの下に貼り付けられた金属片の接着が剥がれてしまい金属片が落下してしまったからなのであった。

見つけてしまえばなんのこともない原因も想定されることが多すぎるというのが複雑化したシステムの上では大変な労力が必要となる。同様な事例が多数のお客様から報告されるか、多数の端末で発生するのか、必ず発生するのかといった問いかけ確認を通じてソフトかハードかの切り分けをしていくのだが、二人しかいない異なった環境のユーザーを支援するのが一番難しいのはいうまでもない。