業界独り言 VOL345 九年目を終えるに際して

業界独り言を書き連ねる事態に突入して九年を終えることになった、明日からは10年目に突入する。九年前の今日は、退職の歓送会と片づけで追われていたように当時の転職顛末に記載されている。元の職場の同僚たちには個人的な都合でという以上の認識は持たれなかっただろう。会社という環境で仕事を続けている際に、個人のモチベーションとしてどのように仕事を位置づけているのかどうかについて重要視しない限りにおいては、折角得た仕事を放棄したりすることは今の世の中の情勢では尋常ではないのかも知れない。

たまたま良い諸先輩や上司といった環境と時代背景に恵まれて健やかにエンジニアとして暮らしてきた流れがターニングポイントを迎える時代に突入するなかでエンジニアとしてあるいはメーカーとしてのビジネスモデルが成立しなくなっていった時代なのだったと思い返す。いわゆるバベルの塔の如き状況に、アナログ技術からデジタル技術に遷移する中で必要な技術(IPR)に大きな壁が出来てしまい旧来簡単に出来てきたことにのデジタル化する為の難しさがシーズとニーズの双方にギャップを生み出してしまったことだったと思う。

したがって自分自身が経験して積み重ねてきた様々な組み込みソフトウェアという流れを昇華させてデジタル時代に対応させていくということが仕事の上からは達成できる環境ではなくなったということでもあった。無論会社の期待値として、一般的なテンプレートを適用していわゆる年功序列として職制を変えさせるというのも結果としての期待される会社側のアクションだったのだろう。まあシンガポールエアラインのフライトアテンダントの如き物理テンプレートを通れないかどうかといった試験があれば、それはそれで可視化するということも含めて納得するのだろうが・・・。

成長していくデジタル化の上でのソフトウェア開発が如何にあるべきなのかという問いかけについては、世界にもあまり多くの事例が見られるわけではないようだ。問題の多くは、アナログ時代からのソフトウェアアーキテクチャー自身からの移行に際して元々のアーキテクチャー自身をクリーンアップすることが出来るのか出来ないのかが鍵になっているようだ。そうした中でデジタル化の中の通信技術としてのIPRを押さえてビジネスモデルとしての技術開発・提供・フィードバックというサイクルを達成した会社も事の本質においては、先の会社で見かけたようなクリーンアップ出来るのかどうかという事は共通の課題であると感じるようになった。

十年目を終える際に、私自身が達成したいテーマは、この環境で、結果としてクリーンアップされたものを提供できるのかどうか、あるいはそれに向けた仕事が出来ているのかどうかということになる。

ハンコック

ウィルスミスである、最近はCGなど含めた映画の撮影技法が進化して、さまざまな表現が出来るので神がかり的な内容まで荒唐無稽なストーリーも二時間といった映画表現に収めることが出来るようだ。さて、そのウィルスミスを私が初めて俳優として認識したのは、インデぺンデンスデイ(1996)であり既に12年も経過していたのか・・・という感慨もある。相変わらず颯爽として風貌のウィルスミスは、青年から父親といった世代の役どころが増えているようなのだが変わらない気もしている。

ジョーハンコックという名前が、すでに神がかり的なものだったのかという思いは、何か世代を超えていき続けている人が人類を説得しようとしているのかという観点にたったものかも知れないと感じたりしている。ハリウッド映画なので、スカッとする終わりになっているのは皆、途中で大きく裏切られた上で安心してオチを期待できるものだった。

自費出版から企画出版へ

「移動通信半代記」「私の出張」という2冊の本を私の前の会社の先輩が出されていた。前の会社を辞めて9年にもなるので、タイムリーに情報が入ってこなかったとはいえ、私の付き合いの薄情さが表れているのかもしれない。反省をしている。今日はハムフェアの会場で、昔の仲間と会い、その際知った次第である。私が知っていたのは最近のRFワールドに書かれていたのを認識したぐらいだったので、そのことかと聞きなおしたところ違うらしいということで帰ってからネットで検索して早速2冊の本を手配することができた。

さて、その先輩は書名にも表れているように移動無線の開発に従事して移動機からシステムまでに携わり世界中を旅して工事をしてきた方でもある。さまざまな経験が「僕の出張」には書かれているのだと思うし、また読めることを楽しみにしている。前の会社は国内の電機メーカーにあってはとてもベンチャー志向の強い会社だった歴史があり、そうした時代を過ごされた先輩や小生も含めて有益な情報があふれていると思う。会社としてのライフサイクルが目的を果たしたような状況だという感触を持たれている昨今、先輩達の話にもう一度耳を傾けることが必要だと思ったりもするのは単なるおせっかいかも知れない。

さて、そんな先輩が定年退職を契機に自分史を書き起こそうと自費出版をする流れで2冊を起こし3冊目は企画出版に至ったというのだから先輩の作家としての資質あるいは経験豊かなエンジニアとしての確かな心眼が認められたということでもあろう。小生も転職を契機に思い悩んでいたことをしたためる展開となり転職顛末を書き起こしてPDFで配布したりもしていたので気持ちは通じるところである。転職顛末に続いて書き起こそうとしたソフトウェアエンジニアとしての20年あまりの歴史を整理しようとしたのだが、あいにくとWindowsクラッシュとともに失ってしまった。事故を契機に少し意識が遠ざかってしまったのだが、先輩の本を読むことで、またムラムラと書きたくなる衝動が帰ってくるような予感もする。

デトロイトメタルシティ

さて、松山ケンイチの作品は、毎回新しい何かを見せてくれるので楽しみである。
今回の作品では、また新たな色を出してくれたのではないかと思った。
松雪泰子のはじけ具合も、この映画の味わいだったと思う。最近の邦画は楽しい。

コミックベースの世の中になりつつあるのが日本の実情なのだろうけれど、国としての仕組みは追いついていないのが最近の諸外国でのコミックブームあるいはオタク文化の広がりとともに問題となっていることに気が付いていないのは、オリンピックでのふがいなさと合致するように感じる。国の政治も一度リセットしていくには女性総理にでもすることが肝要な気がするのは気のせいだろうか。戦争を戦い抜く気概があるのは、ソフトボールチームなどから学び取るべきだと思う。

ジャージの二人

鮎川誠と堺雅人の異色な親子という取り合わせである。
監督は、アヒルと鴨のコインロッカーの方ということだった。

軽妙な進行と、背景にあるものとのミスマッチなどが面白く楽しめた。
繰り返し見てみたい映画だ