組み込みソフト

マイコン登場あるいは、その前のミニコンからの組み込みシステムの付き合いである。
ユーザーとしての視点、あるいはソリューションプロバイダーとしての視点、開発者としての視点
色々なシステムの開発経験で培ったことについて少しずつ書き残していくページにしようと思う。

20世紀少年

最近では、Plutoなど手塚治虫さんの作品をリライトしている浦澤直樹さんのオリジナルのロングセラーの漫画である。20世紀に少年時代を過ごしてきたものたちにとっての、21世紀の混迷の中で彷徨っているさまを表しているように思うのは、リアルタイムな同世代のせいだろうか。映画のような手塚さんが始めた構図も含めて今でも正統な漫画の描きてといえよう。

さて、鉄腕アトムに書かれていたこと、子供なりに考えたこと、超小型電子計算機の登場を雑誌でよみ、アポロ計画での月周回軌道からの事故での活躍を知り驚き、そうした端末や技術に触れていくことで進路すらも切り替えてしまったことを思い返す。

今私の机には幾つものHPのレトロな電卓が入っている。当時の価格で考えればとんでもない財産だが、中の構造を見ると恐れ入ってしまうほど豪勢で贅沢なものの作りである。今、20世紀に触ってきた技術との出会いを思い返しながら少年から青年を過ごしてきた歴史を思い返している。

そして21世紀には、この作品に書かれているような世界同時多発テロやカルト教団での事件などが起きていることも驚いてしまう。そして残念なことは、21世紀という流れの中で起こっていることは、漫画よりも陰湿で、凄惨で救いがないような事態が起きているように感じる。なにより一番似合わないフレーズは、この作品でも取り上げられている正義といったテーマかも知れない。

業界独り言 VOL348 コミュニケーションの障壁は文化の壁?

新しいお客様を迎えて、開発をスタートするにあたり所謂、開発着手打ち合わせ(kickoff)を申し出ていた。何ヶ月も前のことである。携帯電話の開発支援というビジネスをどのように達成するのかという点については、Quad社は及第点をもらえる会社だと思っている。

Quad社の開発支援というビジネスが、チップセット販売のためのサポートということで運営されていることから、お客様のビジネス達成に向けては頑張ってサポートするというものであり、お客様との利害関係がより鮮明に出てくる。お客様の成功が当然の帰結であり、それを如何に早くにスマートに達成するのかということになる。

素人のお客様を一から教育してくれというような要請を呑むわけにはいかない。それはお客様自身の問題であり、ある程度、端末開発というものが判っている前提で、プロ同士としてのサポートを互いに要請するというものである。リファレンスデザインを提供しているという立場からもお客様がどのようにカスタマイズして、そのデザインを利用しているのかということを理解しなければサポートなどは出来ない。

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業界独り言 VOL347 チキンと卵

携帯電話業界は、どこに向かっていくのだろうか。クロック1GHzのモバイルプロセッサが登場して重厚な味わいのLinuxやWindowsまでも実用化領域に持ち込もうとしている。無論かつての150MHzでの時代にテレビ電話と3GPPが稼働するような環境を構築してきた所謂携帯電話プラットホームも生き永らえている。より楽しいアプリケーションを実現するための方策とは何かというのは根源的な問いかけかも知れない。何よりも何がより楽しいアプリケーションなのかという問い事態が判然としないし、またその事が判っているのならば既に答えや方向性を見つけているということになる。

CPUのパフォーマンス競争は、インテルとAMDの間である意味で繰り返して進められてきていて、その結果を無残にも食い尽くしてしまうのはアプリケーションやオペレーティングシステムである。携帯電話プラットホームとしてある意味で通信キャリアを軸に垂直統合モデルとして開発が進められてきた歴史は、バベルの塔となり各OEMレベルでの構築は難しくなってしまった実情がある。通信キャリア自身が開発主体になったり、チップベンダーと協力してフィールドテストを積極的に行っていたりもする。

プラットホーム開発の大切さは、北欧ベンダーが自社環境としてOSベンダーを囲いこんでしまうような実情からも明らかだろう。かつての日本メーカーの元気な姿は、そのまま隣国にキャッチアップされてしまった感じが否めない。無論今となっては大きく逆転されてしまっている。鎖国政策をとってしまったツケが箱庭あるいは盆栽の世界を醸成してしまったようである。箱庭のような市場だと見るならば、身の丈をあわせるという方策もあるのだろうが、箱庭ならぬ箱根細工の細密さを求めてしまってきた流れには抗いがたいということであるようだ。

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アフタースクール・ひとのセックスを笑うな

二本立てである。細君と合わせて2000円での鑑賞というのは、心苦しいかぎりである。さて「アフタースクール」オチを知っていても楽しめる映画とは、鈴木けんじ監督の真骨頂だろう。「運命じゃない人」に続く映画で、まあ何度でも楽しめることを細君とまた確認してしまった次第である。堺雅人の危うげさと大泉洋の軽さ、佐々木蔵之介の狂気といったバランスの上で事実を全く異なった視点で誤解しつつ展開されていく流れは絶妙である。田端智子のエレベータでの最後のせりふがこの映画の味わいの一つの極致だろう。

かたや、ナオコーラ氏の作品である「ひとのセックスを笑うな」は永作博美、松山ケンイチ、蒼井優、忍成修吾といった若々しい感じの面々が連ねての作品だった。いったい永作嬢は幾つなのかと疑いたくなるような風貌で、奔放な女を演じている。エルの雰囲気よりも学生臭さを前面に出している松山ケンイチは作品毎に変貌する役者だ。けだるい感じの蒼井嬢と忍成君のやりとりも楽しめた

純喫茶磯辺

宮迫博之、仲里依紗、麻生久美子と更に脇を固める最近の俳優さんたちである。おバカな尻軽の役どころを演じている麻生久美子も、また幅を広げた感じである。宮迫演ずる、夢見る中年の適当でかつまっすぐな生き方も味わいの一つなので結局、仲里依紗との父娘の寓話としてタイトルエンドを迎えた。軽妙な最近の好きな邦画のパターンであった。

幸せの1ページ

ジョディフォスターの素敵な笑顔のパンフレットが目に入り、土曜のプレミアシートでのペア手配をして、川崎ダイスまで出かけた。最近の土曜の朝にありがちな細君の隠密行動にあとから合流する手はずである。細君とは、軽い朝食を横浜駅構内に出来たドミニクジュランのイートインを利用して済ませてからのアクションである。川崎駅前のダイスは我が家にとってはとっても近い映画館の一つでもある。

映画に出てくるのは、リトルミスサンシャインの主演子役だった子とジョディフォスターであり、始まってみるとあの素敵な笑顔とは裏腹の引きこもったジョディ演じるところの冒険小説の著者だったりする。ギャップを埋めるためのアクションが、メールで引き起こされる設定になっているのは楽しいシナリオだった。気が付いてみればファンタジー映画だった・・・。

業界独り言 VOL346 組み込みソフトでのデバッグは・・・黎明期

組み込みソフトという業界にどっぷりと浸かるようになったのは、昭和54年からである。最初に行ったのはTK80でのマイコン講習会を社内でひらいたことに対しての教材作成準備を行ったことだったように思う。まだまだマイコン開発という環境への道具立ては少なく、講習会でのアプリケーション自体は8251を接続してのASR33との接続テストというものだった。キーをタイプして、エコーバックで文字が出れば、アプリケーションは完成である。

アセンブラもないので、当然ハンドアセンブルで行い、テンキーでHEXA入力という世界である。講習に参加した技術者たちは、皆、無線技術に携わっている方たちばかりであり、これから始まるマイコン搭載でのアナログ無線のシステム化などへの入り口に立ってのこうした講習会であったようだ。私自身は、ミニコン技術を習得するために富士通に出向して戻ったばかりの役に立たない新人といった状況だった。

ミニコンでのデバッグに慣れてきた状況からの戸惑い、ハンドアセンブルも含めて機械語で学んだ学生時代を思い返しつつ、2チャンネル(インターネットではなく)のアナログオシロスコープでバスクロックを方眼紙に書きとめて、8251の動作を8080のバスから確認して行った。学生時代に行ったのは日立のHITAC-10での同様なアセンブラでの実習だったが、今は、組み込んだ小さな組み込み基板での世界で同じ事をしているのは驚きの入り口でもあった。高専でのオシロ実習で学んだ遅延トリガ操作が活躍していた時代でもあった。

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業界独り言 VOL345 九年目を終えるに際して

業界独り言を書き連ねる事態に突入して九年を終えることになった、明日からは10年目に突入する。九年前の今日は、退職の歓送会と片づけで追われていたように当時の転職顛末に記載されている。元の職場の同僚たちには個人的な都合でという以上の認識は持たれなかっただろう。会社という環境で仕事を続けている際に、個人のモチベーションとしてどのように仕事を位置づけているのかどうかについて重要視しない限りにおいては、折角得た仕事を放棄したりすることは今の世の中の情勢では尋常ではないのかも知れない。

たまたま良い諸先輩や上司といった環境と時代背景に恵まれて健やかにエンジニアとして暮らしてきた流れがターニングポイントを迎える時代に突入するなかでエンジニアとしてあるいはメーカーとしてのビジネスモデルが成立しなくなっていった時代なのだったと思い返す。いわゆるバベルの塔の如き状況に、アナログ技術からデジタル技術に遷移する中で必要な技術(IPR)に大きな壁が出来てしまい旧来簡単に出来てきたことにのデジタル化する為の難しさがシーズとニーズの双方にギャップを生み出してしまったことだったと思う。

したがって自分自身が経験して積み重ねてきた様々な組み込みソフトウェアという流れを昇華させてデジタル時代に対応させていくということが仕事の上からは達成できる環境ではなくなったということでもあった。無論会社の期待値として、一般的なテンプレートを適用していわゆる年功序列として職制を変えさせるというのも結果としての期待される会社側のアクションだったのだろう。まあシンガポールエアラインのフライトアテンダントの如き物理テンプレートを通れないかどうかといった試験があれば、それはそれで可視化するということも含めて納得するのだろうが・・・。

成長していくデジタル化の上でのソフトウェア開発が如何にあるべきなのかという問いかけについては、世界にもあまり多くの事例が見られるわけではないようだ。問題の多くは、アナログ時代からのソフトウェアアーキテクチャー自身からの移行に際して元々のアーキテクチャー自身をクリーンアップすることが出来るのか出来ないのかが鍵になっているようだ。そうした中でデジタル化の中の通信技術としてのIPRを押さえてビジネスモデルとしての技術開発・提供・フィードバックというサイクルを達成した会社も事の本質においては、先の会社で見かけたようなクリーンアップ出来るのかどうかという事は共通の課題であると感じるようになった。

十年目を終える際に、私自身が達成したいテーマは、この環境で、結果としてクリーンアップされたものを提供できるのかどうか、あるいはそれに向けた仕事が出来ているのかどうかということになる。

ハンコック

ウィルスミスである、最近はCGなど含めた映画の撮影技法が進化して、さまざまな表現が出来るので神がかり的な内容まで荒唐無稽なストーリーも二時間といった映画表現に収めることが出来るようだ。さて、そのウィルスミスを私が初めて俳優として認識したのは、インデぺンデンスデイ(1996)であり既に12年も経過していたのか・・・という感慨もある。相変わらず颯爽として風貌のウィルスミスは、青年から父親といった世代の役どころが増えているようなのだが変わらない気もしている。

ジョーハンコックという名前が、すでに神がかり的なものだったのかという思いは、何か世代を超えていき続けている人が人類を説得しようとしているのかという観点にたったものかも知れないと感じたりしている。ハリウッド映画なので、スカッとする終わりになっているのは皆、途中で大きく裏切られた上で安心してオチを期待できるものだった。